笑わない彼女と笑う彼
僕は笑顔を絶やさないって決めた。 それが僕にとって、唯一皆にできること。皆の悲しい顔は見たくない。皆が大好きだから。だから、皆を楽しませる役目は僕の役目なんだ。 うその笑顔でも、いつかほんとうの笑顔になるって僕は信じていたから。
ある日、見知らぬ女の子が突然僕に向かって話しかけてきた。
「キミはなんで笑っていられるの?」 「えっ…んとねぇ……悲しい顔してたって、何かが変わるわけでもないじゃない?だったら笑っていたほうが前向きな考えにもなるし、良いことだってあるかもしれないよ」
いきなり話しかけられたことにびっくりしながらも笑って答える。彼女は怪訝な顔をしていたが、僕は笑って、だから君も笑ってよ、と言った。彼女は笑わなかった。 なんで、どうして。逆に疑問を持った。僕の言っていることは間違っていないと自信はあるのに彼女は何故笑わないんだろう。 彼女は眉間にシワを寄せて、口を開いた。
「自分に嘘はつきたくないよ」 「…自分に、うそ?」 「自分を抑えてまで笑えない、私は自分に正直でいたいから」
その言い分に今度は僕が怪訝な顔をする番だった。彼女はすごく辛そうな顔をしている。まるで僕に同情しているかのように。 自分に嘘をつきたくない、自分を抑えてまで笑えない?一体どういうことだ。僕が自分に嘘をついて笑っているとでも言いたいのだろうか。意味がわからない。
「キミの笑顔は胡散臭いね」 「…そんなこと初めて言われたよぉ」 「今の笑顔も、胡散臭い」
そう言う彼女に少しだけ殺意が沸いた。ほんの少しだけ。彼女は僕の何を知っているのだろう。何も知らないくせに。僕がなんで笑顔を絶やさないか、彼女は知らないんだ。
「今だってほら、私に対してすごく苛ついているでしょう?」 「!…まっさかぁ。僕はそんなんじゃ怒んないよー」
一瞬だけ冷やっとした。僕の何を知っているのかはわからないが、彼女は僕にとって苦手な人物に割り振られる。それでも彼女と話したいと思うのはどうしてだろう。僕の考えを真っ向から否定してきたからだろうか。
「笑うことは良いと思う。空気を読むことも大切だけどね」 「うっ…」
空気を読むこと、それは僕の苦手分野だ。よくエースやキングに空気を読め、と言われていた。もちろん現在進行系でも言われてもいる。 確かに空気を読むことは大切だけど、でも笑って皆を励ますことのほうがもっと大切だと思う。 そう訴えかけるように彼女に言うと彼女は眉を八の字にさせて、口を開いた。
「皆を励ますのも良いけど、私はキミの本当の笑顔が見たいな」 「え……」 「キミの本当の笑顔を見たら、きっと私も笑えると思う」 「………」
そう言った彼女は結局、僕の前で笑うことなくどこかへ消えていなくなってしまった。どこかで会えないかと、魔導院を探し回ってみたが結局見つかることはなく、彼女とのことは"笑わない女の子と会った"事柄だけが記憶に残り、彼女という人間の存在は消えてなくなってしまった。
(2012/10/05)
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