164




 ムツキと別れて私は無言でナギの背中を見つめながら後ろを着いていく。向かう先はクリスタリウムで、クリスタリウムに入ると近くの椅子に座った。私も大人しくナギの前の席に座る。


「………」
「………」


 お互い無言のまま黙り込む。お互い視線を逸らしていて二人の空気は気まずいままだった。
 しばらく黙っているとナギが咳き込み、ゆっくり口を開いた。


「その…悪かった」
「……な、何が?」
「お前のこと、避けてて」
「………」


 やっぱり避けられていたのか。
 ナギのその言葉を聞いて、小さく肩を落とす。避けられていたことはわかっていたつもりだった。だけどこうはっきり言われるとやっぱり胸の奥がズキンと痛む。
 私たちの空気が重いまま、ナギは小さな声で話し始めた。


「お前が俺の家に来たとき、いや、来る前からお前のことは何が何でも守ってやろうって思ってた」
「………」
「メイの両親が死んだあと、その思いはより一層強くなって、メイを守るために強くなろうって必死だったしな」


 私は黙ったままナギの話に耳を傾ける。

 私は生まれたときからナギとはお隣さんで、必然的に幼馴染みとして生きてきた。私の両親が紛争で亡くなったあと、身寄りのない私をナギの両親が快く受け入れてくれた。本当なら孤児院に送られるはずだった私をナギが必死に説得をしたらしい。それを聞いたのは候補生となって魔導院に引っ越す前、ナギの母親から聞かされた。


『ナギは本当にメイちゃんのことが大切なのよ』
『………』
『だからこれからも仲良くしてあげてね。私がいなくなっても、メイちゃんがいるなら私も安心していつでも逝けるわ』
『そんな…そんなこと言わないでください』


 そう言ったあとのおばさんの表情がどんな表情だったかは私はもう覚えていない。覚えていないということはナギの母親はもうこの世にはいないということだ。
 おばさんとこの会話をしたのは随分前になるが、候補生になったあとしばらく書いていた日記にそう綴られていた。私がおばさんのことを忘れないように、と書いたのだろう。

 ナギは頭を掻き、目を伏せながら再び口を開いた。


「でもお前のこと守るとか大口叩いてたくせに、なんか最近空回りしてるっていうかさ。そんな自分に苛々してて、メイは悪くねぇのに八つ当たりしてたっつーか…」
「…ナギが私のことを小さい頃からずっと守ってくれてるの知ってるよ」


 候補生になってからもずっと守ってやるって言ってたもんね。
 そう言って私は顔を上げてナギの目を見つめる。私を守るという約束に、ナギは縛られているんだと思った。


「私ももう守られるばかりの弱い人間なんかじゃない」
「メイ…」
「今度は私がナギを守る。ナギみたいに強くなんてないけど、でもナギは私にとって大切な人だから、死ぬ気で守ってみせる」


 大きな声では言えないが、はっきりとした口調でそう伝える。ナギは目を丸くさせて私を凝視した。
 ナギに負担をかけさせてばかりで、私は何もしなかった。ナギだけに重荷を背負わせていた。当たり前のことが当たり前じゃなくなって、改めてナギという存在が私の中で大きかったかわかることができた。
 今までずっと守られていた分、今度は私がナギを守るんだ。


「……本当、お前って変なやつ」
「ナギに言われたくないもんね」
「俺、お前に守られるほどヤワじゃねぇし」
「そんなんわかってるよ!」
「はぁ…大人しく守られてればいいものを」
「守られるより守りたいんです」
「………」
「な、なに…」
「お前たまに男らしいこと言うよな。その辺の男よりも男らしいぜ」
「………」


 眉間にシワを寄せる私に、ナギは呆れたように笑った。