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 カヅサさんがサロンから出ていったあと、しばらくソファに座りサロンでボーッとしていた。考えていることはクラサメ隊長のことだ。
 クラサメ隊長はきっと軍令部長の思惑通り、召喚部隊へ行ってしまうのだろう。確かルシの支援でもさせる、と言っていた。ルシの支援ということは、乙型であるセツナ卿の支援をさせるということか。どっちにしろ無事では済まされないだろう。


「…何とかならないかな」


 頭を捻らせて、クラサメ隊長が助かる方法を考える。クラサメ隊長は何を言っても軍令部長の命令に従うだろうし、私が何を言っても無駄だろう。ならどうすればいい?


「……あ」


 あるひとつの考えが私の頭に浮かぶ。
 一か八か、私の言うことを聞いてくれる保証はないけれど言ってみる価値はあるかもしれない。一種の賭けに近いだろう。それでも言ってみなければわからない。そうと決まったら探さなくては。
 私は勢い良く立ち上がり魔法陣へと足を向けた。

 エントランスに出ると突然誰かが後ろから抱き着いてきた。腰の辺りにある小さい手を見てムツキだと確信して私は振り返る。


「メイ!」
「久しぶりだね、ムツキ」


 ムツキは嬉しそうな顔をして私を見上げる。頭を優しく撫でると、ムツキはへへへ、と笑った。


「元気そうでよかった」
「それはこっちの台詞だぞ!メイは頑張りすぎるところがあるんだから気を付けなきゃだめだぞ!わかったか!?」
「はい、気を付けます」


 ムツキにまで頑張りすぎるなと言われてしまい思わず苦笑を溢す。ぎゅうぎゅう締め付けてくるムツキにやんわりともうちょい緩めて、と言うと悲しそうな目で私を見上げてきた。そんな目をされると何も言えなくなる。


「ねぇメイ」
「なーに?」
「今度遊ぼう?」
「うん、いいよ」
「!絶対だからな!」


 私がそう言うとムツキは満足そうに笑う。でもなんで今度なの?と言うとムツキは口を尖らせて顔を俯かせた。


「……次の作戦で、無事に帰って来れるかわからないから」
「ムツキ……」
「帰ってきたら、絶対絶対遊ぼうな!」
「…うん」
「あっ!メイも絶対絶対ぜーったい帰って来いよ!」
「もちろん。ムツキと遊ぶ約束したもんね」


 約束、と言って私は前屈みになり小指をムツキの前に差し出す。それを見たムツキは目を真ん丸くしたあと、嬉しそうに自分の小指と私の小指を絡めた。約束!と元気良く言うムツキに私は目を細めた。


「相変わらず仲良いなお前ら」
「!な、ナギ…」
「むっ!仲良いに決まってんだろ!お前なんかよりもずっとずーっと仲良いもんねー!」


 イーっと歯をむき出してナギを挑発する。ナギは顔を引きつらせながら、苛々を抑えるように頭を掻いた。
 いつの間に居たのだろうか。私はナギを凝視していると、ナギはちらりと私に目線を寄越した。


「…なんだよ、そのいつの間にいたんだとか言いたそうな目は」
「…………」
「図星かよ!」


 ナギのその言葉に図星だったので思わず目を逸らしてしまう。それをナギが突っ込むとムツキは少しだけ吹き出した。私とナギのやり取りが可笑しかったのだろう。
 ナギは盛大に溜め息をついた。


「メイ、次の作戦内容が正式に決まった」
「…そっか」
「あぁ、そのことで話があるんだが…」


 ナギはそう言うとムツキに目線を移した。ムツキはすぐにムッとした顔になり、私の腰に腕を回す。
 私はふぅと一息つき、ムツキの頭に手を置いて笑みを浮かべた。


「ムツキ」
「……ん」
「拗ねないの。次の作戦は大事な作戦だから、私もちゃんと聞いておかないと。ほら、ムツキと遊べなくなるの嫌だからさ」
「!、そ、そうだな!ボクもメイがいなくなるなんて嫌だもん!」


 諭すように言うとムツキは慌てて腕を離す。それを見て私はムツキの頭を一撫でするとナギに向き直った。


「それじゃあまたね、ムツキ。あ、無理だけはしないでね」
「うん!メイも、無理すんなよ!約束、破んないでよ!」
「もちろん」


 ナギが歩き出して私もその後を追うように歩き始める。歩きながらムツキに手を振ると、ムツキは泣きそうな顔をして両手を大きく振っていた。それを見て、どうか次の作戦でムツキが無事に帰って来れるよう祈るのだった。