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 完全とは言えないがやっと何とか落ち着いてきた。軍令部の前に立つと深呼吸をして、扉を開けた。


「クラサメ隊長!」
「!早かったな」


 クラサメ隊長は少し驚いた表情をして私に振り返る。私はふぅと一息つくと、クラサメ隊長に駆け寄り報告書を差し出した。それを受け取ったクラサメ隊長は、ご苦労だった、と声をかけてくれた。


「それにしても先程はかなり動揺していたようだが…何かあったのか?」
「えっ、あ、いえ、全然本っ当に何でもないです!」
「…そうか」


 首を横に振って手も横に振って、本当に何でもないのだとアピールする。それがかえって不自然なことに私は気付かなかった。
 クラサメ隊長は報告書に一通り目を通すと、もう大丈夫だと言うようにひとつ頷く。それを見て私はクラサメ隊長に一礼したあと踵を返すと、この軍令部には似合わない白衣が目に入った。
 あの人は確か…。


「やぁ、クラサメ君、メイ君」
「ど、どうも…」
「…わざわざここに何しに来たんだ」
「やだなぁ、そんな怖い目で威嚇しないでよ」


 ただクラサメ君の様子を見にね、と言いカヅサさんはクラサメ隊長に向かってウインクをする。クラサメ隊長は無表情のまま、用がないなら帰れ、と冷たく言い放った。ちらりとカヅサさんを見るとカヅサさんは肩を竦めて、苦笑いを浮かべていた。

 軍令部を出て魔法陣に向かって歩いていると、後ろからカヅサさんに声をかけられた。あまり振り向きたくはないが、一応目上の人なので歩くのを止めて振り向く。


「…なんでしょうか」
「いやいや、そんな身構えなくても大丈夫だって。何にもしないから」
「………」
「はは、信じられないって顔してるね」


 そりゃそうだろう。カヅサさんの噂は嫌でも耳に入っているのだから。
 身構えたままの私にカヅサさんは肩を落とした。


「少しキミと話したいんだ、時間あるかい?」
「あります、けど」


 私に話というのは何だろうか。
 カヅサさんはここじゃなんだから研究室にでも、と言ったが全力で首を横に振った。それを見てカヅサさんは落胆しながらも、じゃあサロンに行こうか、と言って魔法陣へ入って行った。

 サロンに入るとカヅサさんはソファに腰をかけ、足を組んだ。私はカヅサさんと反対のソファに腰をかける。


「そんな離れなくても」
「話って何ですか?」
「…………」


 つれないなぁ、そう呟くとカヅサさんはメガネをかけ直し私を見つめた。


「単刀直入に聞くけど、キミ、クラサメ君のこと好きなのかい?」
「……は?」


 ニヤッと笑うカヅサさんに私は目を見開いて呆然とする。そんな私を見たカヅサさんはククク、と喉を鳴らして笑った。


「キミにはあの子がいるからそれはないよね、ごめんごめん」
「…あの、何が言いたいんですか」


 意味深な笑みを浮かべるカヅサさんに私は眉を潜める。カヅサさんは自分の膝に両腕をたてて手を組み前屈みになった。


「メイ君は次の作戦のことは聞いているかい?」
「……ある程度は」
「そうか…次の作戦でクラサメ君がどうなるかメイ君は知っているかい?」
「………いえ」


 あの時、盗み聞きしていたとはいえ、クラサメ隊長が次の作戦でどこに所属するか詳しいことはわからない。どうなるか知っているような、知らないような今はそんな曖昧でしかわからなかった。
 私がそう言うとカヅサさんは溜め息をついた。


「何だか最近妙に胸騒ぎがしてね…クラサメ君は何も言わないし、あの通り話しても相手にしてくれないからさ」
「胸騒ぎ、ですか」
「メイ君なら知ってると思ったんだけどなぁ」


 そう言うカヅサさんの顔はとても切ない表情をしていて、見ていて痛々しいくらいクラサメ隊長のことを心配しているのがわかる。0組だって、口では言わないけど心配していた。こんなにも想ってくれる人がいるクラサメ隊長は幸せ者だと思う。


「でも、なんで私なら知ってると思ったんですか?」
「あぁ、クラサメ君が唯一君を頼りにしてるからさ」
「そんなまさか…」


 クラサメ隊長が私を頼りにしているなんてあり得ない。そう考えているのがわかったのか、カヅサさんは眉を下げて微笑んだ。なんか少し馬鹿にされたような気分だ。


「まぁ、クラサメ君のこと何かわかったらすぐ連絡くれると嬉しいな」
「はぁ…」
「それじゃ、引き止めちゃってごめんね」


 カヅサさんはそう言うとソファから立ち上がった。案外すぐに解放してくれたな、と思いながら私も立ち上がる。


「あ、まだ時間あるなら研究所にでも」
「結構です」


 やっぱり諦めてなかったらしい。
 そうバッサリ切り捨てるとカヅサさんはやっぱりつれないなぁ、と苦笑してサロンから出ていった。カヅサさんの背中はどこか寂しげだった。