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 ジャックとの距離が0になる。
 上唇が触れたその時だった。


──ピピッ

「「!」」


 COMMの音に私とジャックは勢いよく離れる。ドクドクと心臓がうるさい。顔も火が出るほど熱い。それはジャックも同じようだった。


『メイ?』
「はははい!?」


 動揺しすぎて声が裏返ってしまった。
 私は慌ててジャックから離れCOMMへ神経を集中させる。相手はクラサメ隊長だったようで動揺している私を不思議に思ったのか、どうかしたか?と問うが私は何でもないです、としか言えなかった。


「それよりも、何かご用ですか?」
『あぁ、先程の任務の報告書を記述よりも早く報告書を提出してほしいのだが』


 そう言うクラサメ隊長に私は今終わったんで持っていきます、とだけ言いCOMMを切った。COMMを切った後、ちらっとジャックを盗み見る。
 ジャックは頬を赤くさせ片手で口元を覆い、目を伏せていた。そんなジャックを見てまた心臓がドクン、と大きく鳴る。


「ジャ、ジャック」
「…ん?」
「い、今から報告書、出してくるから」
「うん…」


 恥ずかしくて顔を合わせられない。ジャックもきっとそうだろう。
 私は書き終わった報告書を手に取る。ついでにジャックの報告書も持ちジャックに渡すと、ありがと、とお礼を言い受け取った。部屋を出た私とジャックは未だ黙ったままだ。


「………」
「………」
「……じゃあ、また、ね」
「あっ……ん、またねぇ」


 そう言うと私は踵を返してジャックと別れた。

 部屋から出たあと、足早に軍令部へと歩を進める。未だ顔の熱が取れない。報告書を持っていない手で顔を扇いだ。


「…(した…よね…)」


 ほんの少しだったが上の唇だけ当たった気がする。ハッキリとはわからないけれど、ジャックのあの表情を見れば当たったような気がしてならなかった。
 次に顔を合わせるとき、どんな顔して会えばいいのだろう。というかどうして身体が動かなかったんだ、それが不思議でならない。突き飛ばそうと思えばできたはずなのに。

 このどうしようもない気持ちをどこにぶつければいいのかわからず、深く溜め息をつくしかなかった。





*    *    *


 メイと別れたあと、しばらくボーッとメイの部屋の前で固まっていた。どれくらい時間が経ったかわからない。
 ふと我に返った僕は慌てて自分の部屋へ急いだ。こんな顔、誰かに見られたら笑われてしまう、いや笑われるどころじゃない。
 急いで部屋に駆け込んだ僕は部屋の鍵を閉めて、ふらふらとベッドに前からダイブした。


「ちゅう…したよね…」


 ボソッと呟くと枕に顔を埋めた。ほんの少しだった、ほんの少しだったけど、メイとキスした気がする。
 メイの顔も今思い返せばすっごい赤くなってたような気がするし、あの慌てようはやっぱりキスできたんだと思う。キスできたと思ったらすごい嬉しい、でも、なんか腑に落ちない。だって、キスって言っても上の唇だけだし。


「〜〜っ、全くキスって感じしないよぉー…」


 キスしたと言えばキスしたと言えるんだろうけど、全くキスしたって感じがしない。本当にほんの少ししか触れなかったから。あの時COMMが鳴らなかったら確実にできたのに。そう思うとクラサメ隊長が恨めしい。
 でもメイとの距離が縮んだような気がしてならなかった。いつものメイなら、突き飛ばしていただろう。


「……?」


 そういえばどうしてメイは僕を突き飛ばさなかったんだろう。手を拘束していたわけではないから突き飛ばそうと思えばできたはず。

 もしかして、僕とキスするの嫌じゃなかった、とか?

 そう考えた僕は自然に顔がニヤけてきて、興奮を抑えるかのように枕に再び顔を埋めて足をバタバタとさせるのだった。