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 あれからレムさんと別れ、すぐに自室へ戻った。動揺しているのか息が荒く、肩で息をする始末で諜報員だったくせに情けない。静かな部屋をフラフラと歩き、ベッドに体を預ける。


「…………はぁ」


 思わず溜め息が洩れる。あんな言葉をもらって落ち着いていられるわけがない。
 顔を横に向けると大きく脈を打っているのがわかる。この音を聞いて、生きてるんだよね、と何故か当たり前なことを呟いた。


(いや生きてなきゃおかしいか)


 なに当たり前なことを言ってるんだ、とまた溜め息をついた。
 本当は不安で仕方ない。自分は間違いなく人間なのに、でももしかしたら人間じゃないのかもしれない、と考えている自分がいたから。
 ベッドの上でボーッとしていると、自分のCOMMが部屋に鳴り響いた。そう言えばナギのこと探さなきゃいけなかった、と慌ててCOMMのスイッチを入れる。


「はい!?」
『メイ、今どこにいる?』
「クラサメ、隊長」


 相手はまさかのクラサメ隊長で、落ち着いた声が私の頭に響く。クラサメ隊長自ら私に連絡をしてくることなんてそうそうない。
 隊長が私に何の用だと思いながら、先ほど見かけたクラサメ隊長とナインとケイトのことが頭の中を過った。


『任務だ、今すぐ軍令部へ来てほしい』
「…はい、わかりました」


 そう言うとすぐにCOMMは切れた。クラサメ隊長と会うのは少し気が引けるが、任務だから仕方ない。それに動いていたほうが何も考えなくて済む。
 ベッドから起き上がるとセツナ卿からもらった短刀がこぼれ落ちた。


「あ…」


 落ちた短刀を少しの間見つめて、そっと手に取る。
 どうしてセツナ卿が自身の武器を私にくれたのか、今でも謎だった。ふと自分の首についている首飾りに触れる。これも今は亡き女王がくれた物で、返すことができなくなった首飾りだ。


「…まさか、ね」


 セツナ卿からもらった短刀を懐に入れ、部屋を出る。
 短刀を私にあげることで、もしかしたら女王と同じくセツナ卿がいなくなるかもしれない。そう考えたがすぐに頭を横に振り、あるわけない、と自分に言い聞かせ軍令部へと走った。

 軍令部に入ると出入り口でトンベリが扉を開けてすぐ目の前に、私を待っていたのかドンと立っていた。びっくりする私を他所に、トンベリは私に近寄り抱っこをせがむように両手を上げる。


「…抱っこ?」
「……………」


 そう問い掛けるとトンベリはコクンとひとつ頷いた。
 トンベリから頼まれたら断るわけがない。顔がニヤけるのを堪えながら両手をトンベリに伸ばし、抱き上げた。


「急に呼び出してすまない」
「!あ、いえ、全然大丈夫です」


 トンベリを抱き上げるとクラサメ隊長がいつの間にか目の前にいて、そう口にする。私は慌てて首を横に振ってクラサメ隊長を見上げた。


「ところで、何の任務ですか?」
「ついさっき、朱雀主力部隊が撤退した後すぐに皇国軍のエースであるフェイス大佐がトグアを占領したとの報告を受けた。フェイス大佐は部下と共に本国への後退準備を始めているらしい」
「朱雀主力部隊は今どこに?」
「既に皇国国境に移動した。今呼び戻したのではフェイス大佐の脱出に間に合わないと判断し、今すぐ動ける候補生部隊をトグアに向かわせる」
「なるほど」


 それで呼び出されたというわけか。でもこの任務は私だけではさすがに無理だ。
 私以外の誰が行くんですか、とクラサメ隊長に問い掛ける。するとクラサメ隊長は一呼吸置いて喋りだした。


「メイには通信兵として出撃してほしい」
「通信兵、ですか」
「0組から選出された6名をトグアに向かわせる。メイは先にトグアに向かってくれ。0組が着いたらメイに連絡するよう伝えておこう」
「…わかりました」


 そう言うとクラサメ隊長の表情がフッと柔らかくなり、頼むぞ、と言われてしまった。なんだかその言葉がこそばゆくて、抱いているトンベリをキュッと少しだけ抱き締め顔を俯かせた。