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 エンラがいなくなり、ルシ・セツナ卿と向かい合う。セツナ卿とは話したこともなければこうして会ったこともない。どうすればいいのか考えているとセツナ卿が喋り始めた。


「身体に異常はなさそうだな」
「え!?あ、は、はい」


 いきなり話し始めたセツナ卿に私はビックリして顔を上げると、セツナ卿はさっきと同様真っ直ぐ見つめていた。セツナ卿のその吸い込まれそうな瞳に見とれていると、セツナ卿がどうかしたか?と小首を傾げて問い掛ける。
 うわぁ…すごい綺麗…てそんなこと考えてる場合じゃない。


「あ、すみません、何にもないです!」
「?そうか」
「と、ところで私に何か用ですか?」


 エンラに席を外してほしいと言ったセツナ卿はきっと私に何か用があるに違いない。一緒にいたくないわけではないが、他の候補生の目がちくちくと刺さって痛かった。
 私がそう言うとセツナ卿は目を少しだけ細め、そしてゆっくり口を開いた。


「…主に、伝えなければならぬことがある」
「?あ、ある、じ?」


 あるじ?主って私のこと?え、何それ意味がわからない。私がいつセツナ卿の主なんかになったんだ。あ、そうか"あるじ"じゃなくて"あなた"って言ったんだよね、うん、そうだよ、そうに違いない。
 自分にそう言い聞かせるがセツナ卿の次の言葉に呆然とすることになる。


「クリスタルが生まれし時から我らは主を見守り続けていた…刻が来るその時まで」
「…え…?」
「その刻は近い…」
「と…刻?ちか…?」


 セツナ卿は何を言っているのだろう。
 クリスタルが生まれた時から見守り続けていた?我らはって誰のことを指していて、その刻というのはいつのことを指しているのか。
 セツナ卿の言葉に頭の中が混乱する。そんな状態の私を、セツナ卿は私の肩に手を置き綺麗な笑みを浮かべ口を開いた。


「我らは如何なる時も主の力となろう。主次第でこの定めを光へと導かん。それが…クリスタルの言の葉」
「クリスタルの言葉…?」
「さよう。…我が主よ、これを」
「…え」


 セツナ卿がスッと私の前に差し出したのはセツナ卿の武器である、短刀だった。
 目を見開いてセツナ卿を凝視する。そんな私をセツナ卿は微笑んで、私の右手に自身の短刀を持たせた。


「なんで…」
「クリスタルより貴いものを護りたければいつでも頼るがいい」
「………」


 そう言うとセツナ卿は噴水広場へ続く扉を開けていなくなってしまった。私の右手にはしっかりとセツナ卿の短刀が握られていて、しばらくの間立ち尽くすのだった。