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──岩の月(3月)3日


 アギト候補生の本格参戦により、朱雀の失地回復は劇的な進展を見せ始めていた。候補生の上げる華々しい戦果を受け、八席議会は大規模な領土奪回を目指す【大反攻作戦】を可決。

 その報せは即時、候補生に通達された。



「トゴレス要塞ね…」


 モーグリからもらった紙を片手に私はリフレッシュルームで紅茶を飲む。どうやら今回は朱雀のルシも出るらしい。
 北部戦線にシュユ卿がいたという噂はすぐに魔導院全体に広がった。ルシが人間同士の戦争に関与することなんて滅多にない。きっとクリスタルの危機なんだろうと皆はそう考えている。もちろん私もその一人なんだけど、クリスタルの危機の他にも何か異変が起こっているのではないか。何故かそんな気がしてならなかった。


「メイはっけーん!」
「…………」
「マスター僕カフェオレねぇ!」


 私の隣にジャックが当たり前のように座る。任務がない時は必ずといっていいほどジャックは私の近くにいた。おかげさまで9組候補生と0組候補生はデキてるとまで噂されている。そのせいなのか、最近はナギまで私の前に現れるようになった。
 そのナギは今日任務に行っていないのだが。そのうち三角関係!?とかいう噂も流れるかもしれない。全くいい迷惑だ。


「キミほんとメイちゃんのこと好きなんだなぁ」
「ぶっ!」
「うん!」


 マスターは羨ましげな顔で私たちを見る。私が相手にしてないの気付いてないのか。マスターは鈍感なのかもしれない。


「青春だなぁ…くぅー!羨ましいぞ!ほらよ、カフェオレ!」
「ありがとぉ」


 ジャックは美味しそうにカフェオレをすする。今日もまた1日、ジャックが側にいるのか。また一緒にいるよ、と他の候補生がコソコソと話しているのを横目に私は席を立った。


「ごちそうさま、マスター」
「えぇ!?ちょ、僕まだカフェオレ飲んでる!」
「待ってる暇なんてないの。またね、ジャック」
「ちょ、まっ!うぅー…マスター!ごちそうさま!」
「あ、あぁ…」


 私はリフレッシュルームからエントランスに戻る。少ししてジャックがエントランスに現れた。カフェオレ少し飲んで出てきたのか。呆れて溜め息を吐いた。


「もー、待ってって!」
「カフェオレ飲んでればよかったじゃん」
「…どしたの?なんかあった?」
「………」


 別に、と顔を背けると、ジャックはウーンと唸る。私もどうしてかわからない。いつものようにリフレッシュルームに居ればいいものを、何故か居心地が悪くなって勢いで出てきてしまった。なんだか私らしくない。


「そうだ、チョコボ牧場行こう!」
「は、えっ?」
「しゅっぱーつ!」


 そう言うとジャックは私の手を取り、再び魔法陣の中へ入った。

 チョコボ牧場についた私たちを出迎えてくれたのは、二匹のヒヨチョコボ。ヒヨチョコボが私の足元で可愛く鳴いていて自然と頬が緩む。


「かわいいよねぇヒヨチョコボ!」
「う、うん…!」


 ジャックがヒヨチョコボを一匹手に取り、私に見せる。トンベリとはまた違うかわいさだ。私は腰を下ろし、もう一匹のヒヨチョコボを両手に取る。


「ピピーッ!」
「…、かわいい…!」


 なんて愛らしいのだろうか。そういえば最近チョコボ牧場に来ていなかった気がする。任務に授業に勉強に、と肩の力を抜くことが最近なかった。
 ジャックはヒヨチョコボと戯れていてその光景に口元が上がる。


「こ、こらぁ!いたっ!僕の髪の毛は餌じゃないって!いたぁ!」


 ヒヨチョコボはジャックの髪の毛をくちばしでつつく。きっと餌だと思っているのだろう。二匹のヒヨチョコボに髪の毛を突っつかれているジャックに、私は噴き出さずにはいられなかった。


「あは、あはははは!」
「!、ちょ、笑ってないで助けてよー!」
「や、ヒヨチョコボの邪魔しちゃ悪いし…ふふ、あははは!」
「メイの薄情者ー!いたっちょ、ヒショウさぁぁん!助けてぇぇ!」


 ヒショウさんのお陰でようやくヒヨチョコボから開放されたジャックの頭は見事に荒らされ、ボサボサになっていた。そのボサボサ頭がまた私のツボにはまり、お腹を抱えて笑う。


「あーあ…僕の髪の毛が…くそーあのヒヨチョコボたちめ!」
「あははは!あーお腹痛い…!」
「笑い事じゃないってぇ!僕の自慢のヘアスタイルが…!」
「ふふっ、そっちのほうがいいよ!明日からそれにしなよ」
「やだよー!こんなボサボサ頭人前に出られないって!」


 笑いすぎて涙が出てきて、深呼吸をする。やっと呼吸が落ち着いてきたのでジャックを見ると、ヒヨチョコボに荒らされたボサボサ頭のまま、私を微笑んで見ているジャックと目があった。いつものニコニコしている顔とは少し違うジャックにほんのちょっとだけ胸が高鳴る。


「……な、なに?」
「ん?いやぁ、メイのちゃんと笑った顔初めて見たなぁって思ってさぁ」
「!」


 私は思わず両手を頬に当てた。そういえば、こんなに思いっきり笑ったのっていつ以来だろうか。今思えば候補生になって、9組に入って以来思いっきり笑ってない気がする。
 ジャックをちらりと盗み見ると相変わらず私を見て微笑んでいた。まさか私を元気付けるためにチョコボ牧場にきたというのか?いや、もし私がチョコボ嫌いだったらどうするつもりだったのだろう。もしかしたらジャックにとっては一か八かの賭けだったのかもしれない。


「……え、と、あ、ありがと」
「いやいやお礼言われることしてないって!あ、じゃあもいっかいリフレッシュルーム行ってカフェオレ飲み直そう!」
「え、ちょ、うわっ」


 なんだか最近ジャックのペースに乗せられている気がする。まぁでも、今日くらいは乗ってやってもいいかなと思った。

 繋がれた手の温もりが妙に居心地がよかった。