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 カスミ武官から呼び出しがあり軍令部へと足を運ぶ。軍令部に入るとカスミ武官が私に気付き片手をあげた。


「悪いわね、来てもらっちゃって」
「いえ、それで今日はどうしたんですか?」
「ナギのことなんだけど」


 ナギの名前に思わず心臓が飛び跳ねる。カスミ武官は困ったような顔をして口を開いた。


「COMMの応答がないの」
「え…ナギのCOMMですか?」
「そう。ナギに聞きたいことがあったんだけど、COMMに出なくてね…メイはナギがどこにいるか知ってる?」
「あ…すみません、私にもわかりません」


 あれからナギと接触していない。ナギからも連絡がなければ、私も連絡をしようとはしなかった。どんな顔をしてナギと話せばいいかわからないから。これが逃げだってわかっているけど、私にはどうしたらいいかわからないのだ。
 俯く私にカスミ武官はそう、と溜め息をついた。


「あの、私からもナギに連絡とってみます」
「そうしてくれると助かるわ。ナギと連絡ついたら私のところに来てくれるよう言っといてくれる?」
「はい、言っておきます」


 そう言うとありがとう、と言うカスミ武官に候補生が話しかける。私はカスミ武官に一礼して軍令部を出ようとすると、ちょうど軍令部に入ってきたであろうサイスさんと目が合ってしまった。


「あ」
「………」


 サイスさんは私を見るなり明らかに顔を歪ませる。明らかすぎる表情に私は眉を下げて、サイスさんに一礼して軍令部を出ようとしたらサイスさんに声をかけられた。


「おい」
「!うえっ」


 まさか話し掛けられるなんて思いもしなかった私は変な声で反応してしまった。そんな私をよそにサイスさんは口を開く。


「あんた、今日はジャックと一緒じゃないのか?」
「え、ジャック…?今日は一度も会ってないですよ」
「そうか」
「………」
「………」


 そういえばあれからジャックは私の部屋に訪れていない。もう何日か顔も見ていなかった。何かあったかな、と心配したがきっと授業や課題や任務で忙しいのだろうとあんまり気にせず過ごしていた。
 そんなことを考えながら、お互い黙り込む。サイスさんをチラリと盗み見る。まさかサイスさんから話し掛けられると思っていなかった。
 このまま別れるのもなんか気まずいので何か話題を探す。しかしなかなか話題が浮かんでこなかった。どうすればいいだろう、何を話したらいいだろう。


「あの時、危なかったな」
「え?」
「エイボン奪回作戦だよ。あの時、あいつがあたしらより先に行ってなかったらあんたや他の候補生も殺られてただろ」
「………」
「ジャックに感謝するんだな」


 そう言って私と擦れ違おうとするサイスさんに、私は無意識にサイスさんの手を握って歩みを止めさせる。サイスさんはびっくりした表情をして振り返った。

 エイボン奪回作戦のとき、ジャックが先に来てくれたことはもちろん、ジャック以外の0組だって私たちを助けてくれた。サイスさんだって守ってくれていたのを私はちゃんと見ていた。そのときのお礼を今伝えておきたい。


「な、なんだよいきなり」
「あの、ありがとうございます」
「は?」
「…ジャックやサイスさんたちが来なかったら私、死んでたかもしれなかったので…だから、助けてくれてありがとうございます」


 真っ直ぐサイスさんの目を見て言えば、サイスさんは気まずそうに顔をそらした。サイスさんだけじゃない、他の子たちにも感謝を伝えなきゃいけない。伝えておけるときに伝えておかなきゃ、後に後悔するかもしれないから。
 そう考えてナギの顔が頭の中にちらつく。やっぱりこのままじゃいけない。ナギのことも次の作戦が始まる前に何とかしよう。


「別にあたしは好きで助けたわけじゃないからな」
「でも感謝してますから」
「…好きにしろ」


 サイスさんは言い訳をするが、それは彼女なりの照れ隠しなのかも、と思うことにした。私はじゃあ行きますね、と言い軍令部を出ようとしたら後ろからサイスさんの声が耳に届き振り返る。


「堅っ苦しい」
「え」
「だから堅っ苦しいっつってんの」
「な、何がですか?」
「その敬語だよ!堅っ苦しいから敬語で喋んな」
「えぇ!?」
「…じゃあなっ」


 そう吐き捨てたサイスさんは私より先に軍令部を足早に出ていく。サイスさんの予想外の言葉に呆然としたが、少しは認めてくれたのかな、と頬が緩むのだった。