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 クリスタリウムで調べた資料を持って一度部屋に戻る。あまり良い情報は得られなかったな、と肩を落としたその時部屋の扉が勢いよく開いた。


「!」
「メイー!」
「…ジャックか」


 部屋の扉から勢いよくジャックが転がりこんでくる。いきなり入ってきたジャックに身構えるもジャックのその嬉しそうな顔を見たら力が抜けてしまった。
 ジャックは部屋の中に入ってきたと思ったら勢いよく私のベッドへとダイブする。


「あーメイのにおいー…落ち着くー」
「人のベッドの匂いを嗅ぐな!」


 頭をパシンと叩くが退く気はないらしい。もういいや、と溜め息をつき私は椅子に座る。ジャックはベッドにうつ伏せとなって大きく息をしていた。なんか少し気持ち悪いと思ってしまった。


「ジャック、なんか気持ち悪いからやめてくれない?」
「んなっ!?………」


 私がそう言うとジャックは大人しく起き上がり、ベッドの上に座る。気持ち悪いと言われたからか、浮かない顔をしていた。
 浮き沈み激しいなぁ、と思いながらジャックを見つめているとジャックはチラッと私を見てきた。


「メイ…」
「なに?」
「僕、気持ち悪い…?」
「あぁ…さっきの行動は少しね」
「だ、だってメイの匂いすっごい落ち着くからその、つい」


 慌てて言い訳を言うジャックに、私は鼻で笑ってしまった。鼻で笑った私にジャックはハッとして、笑ったなぁ、とどこか嬉しそうな顔をして言う。
 なんかジャックといると場の空気が和むというか、すべてが馬鹿らしく思えてきてしまった。


「ジャックって不思議だね」
「不思議ー?なんでー?」
「なんか、場の空気を和ませてくれるっていうか」
「えー!?そんなこと言われたの初めてだよぉ。エースやキングからはもう少し空気読めーとか言われるのに」


 ジャックのその明るさやポジティブすぎるところが、私にはないから羨ましく思った。


「それなら僕もメイって不思議だなぁって思うよー?」
「私も?」
「うん、こうして僕と一緒に居てくれることが不思議なんだよねぇ」
「それはジャックがしつこいからだよ」


 えーしつこい?と惚けるジャックにしつこいよ、と返す。そんなことないのになぁ、と溢すジャックを眺めていたらふとジャックに会ったばかりの頃を思い出した。

 あの頃は本当に最低限の人としか関わってこなかった。一人でいることが楽だったし、いつ死ぬかわからないこの時代で友達を作るだなんて私にとっては無駄だと思っていたから。
 でもジャックと出会って色んな人と関わって、私自身変わったと思う。ジャックのお陰で色んなことを気付くことができたし、友達がこんなにも心強いだなんて思わなかった。

 今までの思い出が頭の中を駆け抜ける。改めてジャックって不思議だなと思った。


「ありがとね」
「へ?何が?」
「何となく」
「?」


 出会えてよかった、本当に。全部言うのはなんだか恥ずかしかったから感謝の言葉しか言わない。

 いきなり感謝されたジャックは首を傾げるがジャックは突然そういえばと話題を変える。私は両手で資料の紙を束ねながらジャックのほうへ視線を移した。


「さっきナギに会ったんだけど」
「!」
「珍しく元気なくってさー。なんかあったのかなぁ?」
「………」


 なんかあったのかなぁ、と言うジャックをよそに私は目を伏せる。ジャックからまさかナギのことを切り出されるとは思いもよらなかった。
 あの日、ブリーフィングが終わってからナギの気配は一切感じられずもしかしたら私を監視する気がなくなったかもしれない。それはそれで気が楽になるといえば楽になるが寂しくないわけではない。
 何も言わない私に、ジャックは私の名前を呼んで顔を覗き込んできた。


「どしたのー?」
「えっ、あぁ…いや、何にも」
「そーお?」
「うん」


 はっきりしない私にジャックは怪訝な顔をして、腕を組む。私とジャックの間に沈黙が流れ、しばらくするとジャックは突然立ち上がった。


「僕、ちょっと用事思い出した!もう行くねぇ」
「…そう」
「うん、また来るから鍵開けといてね!」
「鍵は閉めときます」


 じゃあねぇ、と笑顔で去っていくジャックに私は溜め息をついた。それにしてもジャックに用事って珍しい。何かあったのだろうか。


「…まぁ、いいか」


 ジャックの言う用事を私はあまり気にしないことにするのだった。