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 大きな背中を見つめて、少しだけ顔をあげれば見覚えのある髪の色とバンダナが目に入る。いきなり現れたおかげで、ナギだとわかるのに数秒はかかってしまった。


「何苛々してんの?」
「ナギ、お前はどうなんだよ」
「なにが?」
「…そいつや、0組のことをどう思ってんだって聞いてんだよ!」


 バンッと大きな音がする。
 ナギの背中で何も見えないが、男子候補生が机を叩いたのだと見なくてもわかった。殺気染みたオーラが教室に漂う。
 ナギはハァー、と深く溜め息をついた。


「俺がこいつのことや0組をどう思おうが勝手だろ。少しは落ち着けよ」
「お前はすぐそうやって誤魔化すよな。自分の気持ちもそうやって誤魔」
「うるせぇな…お前には関係ねぇっつってんだろ」


 ドスのきいた声が教室に響く。
 真後ろにいる私はナギの殺気をモロに喰らい、思わず息を飲む。そのドスのきいた声と凄まじい殺気に、男子候補生も黙り込んでしまった。
 静寂が訪れると、ナギは私に振り向くとドスン、と自分の席に座った。


「…大丈夫か」
「!うん…」


 ナギは不機嫌そうな顔をして、目線は前を向いたまま私に問い掛ける。私も静かに自分の席に座ると、埃が少しだけ舞った。
 ナギをチラリと見て、お礼を言おうと口を開く。


「揃ったクポ?」


 しかしそれは叶わず、9組のモーグリがどこからともなく現れ教室にそのかわいらしい声が響いた。お礼を言えなかったことに肩を落とし、モーグリへと視線を移す。

 9組には指揮隊長がいない。指揮隊長がいないのでモーグリがブリーフィングを行う。
 そして諜報部が指揮隊長の代わりとなっていて、その諜報部から個々に任務を言い渡され、それをこなしていく。たったそれだけだから、私たち9組に指揮隊長はいらないのだ。

 モーグリの問い掛けに何も言わない候補生たちにモーグリは出席をとるクポ、と言い名簿を開いた。次々に名前が読み上げているなか、私はコソッとナギに話しかけた。


「ナギ」
「…なに」
「…さっきはありがとう」
「…別にお礼言われるほどでもねぇよ」
「でも、「メイいたら返事するクポー」…っはい」


 タイミング悪くモーグリに遮られ、会話が途絶える。ナギは頬杖をついて黒板を眺めていた。
 普通に話せた、のだろうか。普通に喋ろうとすればするほど、あのときのことが頭の中を過り喋りかけにくくなってしまう。
 ナギと会話するのが難しく感じたのは初めてだった。


「皆揃ってて偉いクポ。それじゃ、ブリーフィングを始めるクポー」


 モーグリは教卓の上にあるプリントを取り、一人一人に渡していく。そこには次の作戦についての日程と、作戦の内容が書かれていた。