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 デュースさんと別れ、外の空気を吸いに行こうと思った私は外へ続く扉を開けた。扉を開けるとサァ、と心地好い風が通り抜ける。


「なんか、平和、だな」


 心地好い風を受けながら外の縁に向かって近くへ歩いていく。
 今は戦争中の真っ只中だというのに、それを微酔も感じられないようなのどかな雰囲気に、心が落ち着いていく。ベンチに腰をかけて伸びをすると、誰かの歌声が微かに聞こえた。


「──迷子の足音消えた……代わりに祈りの唄を」
「……?エース?」
「そこで炎になるのだろう……、続く者の灯火に」


 歌声の正体はエースで間違いないだろう。私は上を見上げると、そこはちょうどテラスがありそこからエースらしき人の姿が見えた。
 エースの歌声が頭の中に響く。エースの歌声が途絶えると私は首を傾げた。
どこかで、聴いたような…?


「メイ?」
「!あ、」


 エースの歌ったメロディや歌詞は確かにどこかで聴いたことがあった。どこだろう、と考える隙もなくテラスからエースが私を見下ろしていた。


「何してるんだ?」
「あ、あぁ、ちょっと外の空気を吸いに」
「…僕もそっちに行っていいか?」
「あ、はい、どうぞ」


 咄嗟にそう答えるとエースは踵を返してテラスから消える。エースはすぐに私のところへ来て隣に腰をかけた。
 そういえばあれから会ってなかったなぁ。


「久し振りだな」
「そだね」
「チョコボ牧場に行っても見かけなかったから…何かあったのか?」
「ま、色々とね」


 そう言うとエースはそうか、と呟く。私はこの話題からそらすように、エースにさっきの歌のことを問い掛けた。
 エースはきょとん、としたあと優しい笑みを浮かべて喋り始めた。


「この歌、マザーが歌っててそれで覚えたんだ」
「へぇ…ね、続き聴かせてくれない?」
「………」


 続きを聴かせてほしい、と言うとエースは顔を曇らせる。首を傾げて待っているとエースは気まずそうに口を開いた。


「……この歌、ここまでしか覚えていないんだ。もうマザーも最近は歌ってくれないしな」
「…そう、なんだ」
「ごめん」


 申し訳なさそうに言うエースに、私まで申し訳なくなってしまう。そんなエースに私はじゃあ、もう一回さっきのところ歌って、と切り出すとエースはフッと笑って歌い出した。


「迷子の足音消えた…代わりに祈りの唄を、そこで炎になるのだろう、続く者の灯火に──」
「……なんか切ない、ね」
「そうか?」


 エースの歌った歌が頭の中でグルグルと回り、リピートされる。切ない、そう私は感じたがエースはそうは感じないらしく私の顔を不思議そうに見つめていた。
 "続く者の灯火に"そのフレーズが何故か胸に残る。


「メイ?」
「!ごめん、考え事してた」
「いや…この歌、知ってるのか?」
「…ううん」


 知ってるのかと聞かれて、答えに迷いが出る。聞いたことはある、気がするのだけどどこで聞いたことがあるのか私自身もわからなくて、その答えが出ないことには知っているなんて言えない。それにエースがここまでしか覚えていない、というのも気になった。


「エースはこの歌、気に入ってるの?」
「ああ、マザーが歌っていたからな」
「そっか」


 マザー、という言葉にエースの表情が明るくなる。
 0組にとってドクター・アレシアはなくてはならない存在、絶対的存在なのだと改めて認識する。まるでドクター・アレシアが生み出した、奴隷みたいな──。


「て、なに考えてんだ私」
「?」
「いや、こっちの話」


 いくらドクター・アレシアだからといって、自分の子どもを奴隷扱いなんてしないだろう。そう思っても、やっぱりどこか腑に落ちなかった。
 0組の皆はドクター・アレシアを慕っている。その時点で奴隷だなんて言えないだろう。
 でもなんかおかしい。ドクター・アレシアに縛られている、ような。


「あー!」
「!どうしたんだ?」
「ううん、なんか叫びたくなっただけ!」
「そ、そうか…」


 余計なことばっかり考えてしまうこの癖は、昔からなかなか直らなかった。
 ドクター・アレシアと0組の関係をどうしてここまで気になるのか、自分自身でもわからない。でもどこか放っておけないのも確かで。


「ね、エース」
「ん?」
「その歌の続き、思い出したら教えてほしいな」
「!…あぁ、思い出したら報告する」
「うん、それじゃあそろそろ行くね!またね、エース」
「またな」


 腰をあげてエースに手を振り、その場を後にする。しばらくエースの歌った歌が頭から離れなかった。