繋がる腕から感染


 
俺は俺の中に住む天使と悪魔の囁きによって、自らと葛藤していた。


“ナマエには彼氏が居るんだぞ!好きになって良い訳ねェだろ!ナマエのことを思って諦めろ”

“何言ってんだよ!恋は略奪!本当に欲しいモンなら奪っちまえよ”

“略奪なんてエースを傷つけるだけだろ!後味悪ィじゃねェか!”

“じゃあこのまま指くわえて見てるしかねェのかよ!”

“それが一番良いだろうが!”

“俺の気持ちはどうなんだよ!”


自分の気持ちに気付けたはいいものの、どうすればいいんだ。

やっぱりナマエのことを思うなら諦めるべきなのか。

それとも想いを通して、いつか結ばれるのを信じるか(もしくは奪ってしまうか)。

これが初恋なんて、皮肉なモンだぜ。

未だ天使と悪魔が葛藤を繰り広げているのに苦悩しながら、それを頭から振り払うように消すように、俺は6限目の数学の授業を放棄した(つまり寝た)。





 * * *





「ゾロー!ウソップー!帰ろうぜ!!」

「おー」


帰り仕度をしているとき、ルフィが恐らくほぼ空であろう鞄を掲げながら、俺の席に寄ってきた。

ウソップも適当に返事をしながら鞄に教科書を詰めている。

俺も必要最低限の物だけ(教科書なんざ置き勉だろ)詰めた鞄を肩に担いだ。


「今日は早く帰んなくていいのか?」

「今日はエースが買い出し当番だからな。俺はゆっくり帰っていいんだ」

「つーかなんなんだよ、その買い出し当番って」

「俺、じいちゃんとエースと三人暮らしなんだ。つってもじいちゃん仕事でほとんど家に居ねェから、エースと交代で家のことやってんだ。料理はエースだけどな。俺は茶漬けしか作れねェ」

「茶漬けは料理なのか?」

「そこにツッコミたくなる気持ちはわかるがなゾロくん。今は違ェだろ。あー、なんだ、父ちゃんと母ちゃんは?」

「会ったことねェんだよ。生きてんのかどうかもわかんねェ」

「そうか‥なんか悪ィこと聞いちまったな」

「なんでだァ?」

「なんでって‥」

「俺、楽しいからいいんだ。エースも、お前らも、みんな居るからな」

「ルフィ‥お前っ‥」


ウソップが涙ぐみ始めた。

ルフィも大変ってことだよな‥。

ふと、ナマエに弁当を作って貰っていたことを思い出した。

ウチのお袋はただ朝に弱ェだけなのに、ルフィと同じように弁当なんざ作って貰っていいんだろうか。

そこでまた、天使と悪魔がひょっこり顔を出した。


“良くねェよ!ルフィんちは大変なんだ!てめェは我慢しろよ”

“バカか!こんなチャンス逃したらナマエの弁当食える機会なくなっちまうぞ!”

“ルフィみたいな苦労なしで甘えてんじゃねェ!”

“弁当食える機会を逃すんじゃねェ!”


あァ!どうすりゃいいんだ俺は!

ナマエのことを好きで居ていいのか?諦めた方がいいのか?

弁当作って貰っていいのか?昼飯はこれからもコンビニにした方がいいのか?

天使と悪魔の葛藤が一向に止まないうちに、靴箱まで来ていた。

ルフィとウソップはすっかり別の話になっていて、上の空だった俺には会話の内容が全くわからなかった。


「ルフィ!」

「あ、ちょっと!」


後ろからルフィを呼ぶ、聞いたことのある(ほんの数時間前に)声と、パタパタと廊下を駆ける音がした。

声の主は案の定のハンコック先輩で、でも俺の意識はハンコック先輩ではなく、その後ろに一緒に駆けて来たナマエに向いていて‥。


「ルフィ!一緒に帰ろうぞ」

「いいぞー」

「ちょ、‥ハンコック、足、速い‥」

「ナマエ‥そうであった。わらわがそなたを送らねばヤツに何を言われるか‥何よりわらわがそなたが心配じゃ」

「え?‥あ、ルフィと帰るの?あたしのことは気にしないで帰っていいのよ?」

「ならぬ。そなたを一人で帰す訳にはいかん」

「ふふ、大丈夫よ」

「なんだよ。ナマエも一緒に帰ればいいだろ?みんなで帰ろうぜ」

「(みんな!?わらわは、ルフィと二人で‥)」

「あ!じゃあさ」


ガシ、何故かを掴まれた俺の腕。

驚き俺の腕を掴む白い腕をたどっていくと、ニコニコ笑うナマエが居て‥。


「(や、やべェ!)」


ドクドクドクドク、心臓が蒸気機関車のように動き始めて、頭から湯気が出るんじゃねェかと思うほど顔に熱が集まり始めた。

恋だと、ナマエが好きだと、意識した瞬間からこの有り様だ。

手が触れただけ(握られたけど)だっていうのに‥。


「あたしゾロくんと帰るよ!」

「はァ!?」


思わず俺は驚きを露に、ナマエの顔を見返した。

ナマエは依然ニコニコ笑いながら、俺には目もくれずハンコック先輩に、だからルフィと帰っていいわよ、と告げた。


「な、ならぬ!そんなどこの馬の骨かもわからぬ男になど‥っ」

「えー!ナマエゾロと帰んのか?俺と帰ろうぜー!」

「ルフィはハンコックと帰ってあげて?」

「しかし、そなたは」

「ゾロくんと帰るから大丈夫よ。ゾロくんはルフィの友達だから、信用できるでしょ?」

「う、」

「ほーら!帰った帰った」


何か言いたげなハンコック先輩の背を急かすように押して、帰るようにナマエは促した。

ハンコック先輩も一度だけ躊躇いがちにこちらを向いてから小さく、ありがとう、と告げてルフィの手を掴み靴箱を後にした。

残されたのは未だ腕を掴まれたまま困惑を隠せない俺と、ニコニコ笑顔のナマエ。


「ハンコック先輩ってルフィが好きなのか?」


‥とウソップ(ちっ)。


「ふふ、そうよ。ハンコックったらルフィにゾッコンなの」

「マジか!ルフィも隅に置けねェなァ!」

「ホント。でもルフィ鈍感だから気付いてないみたいだけどね」

「みてェだな。見ててわかるぜ」


笑い合っているナマエとウソップの会話は聞いているようで聞いていない。

だってな、だって、


「ナマエ‥、その‥手‥」

「え?‥あ!ごめんなさい!嫌だったわよね!」

「べ、別にそういう訳じゃねェ!」


つい声を荒げちまった俺にナマエは一瞬目を丸くして、すぐに柔らかく笑った。

キュウキュウ、胸が締め付けられる。


「ホントごめんね。じゃああたし帰るから」

「え?」

「え?」

「一緒に、帰るんじゃ‥?」

「あ、いいのよ!一緒になんて帰らなくて。ああでも言わなきゃハンコック、ルフィと帰らなかったでしょ?」


嘘よ嘘、付き合ってくれてありがとう。

と、相変わらずの笑顔で笑ってナマエはくるりと俺(達)に背を向けた。





「‥ゾロ、くん?」


思わず俺は、その腕を掴んでしまった。


「一緒に‥帰りゃいいだろ」


どうやら俺は、ナマエもナマエの作る弁当も諦められそうにない。

そう確信するが早いか、俺の中の悪魔が天使に打ち勝って俺の脳内を支配した。


この想い燃え尽きるまで、貫き通してやろうじゃねェか。









繋がる腕から感染
(君というウイルスが占領)


















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