全ての感覚器官を支配して


 
今俺の目の前で繰り広げられている、この光景は何なんだ。


「ルフィ、あーんじゃ」

「いいよ自分で食うから」

「わらわに食べさせられるのは嫌か?」

「自分で食った方が早ェだろ」


執拗にルフィの口元に箸を持って行く、黒髪に色白の世間一般では“超”がつくような美女。

一つ言うが今は昼休みでしかも俺達の教室だ。決してカップルの愛の巣なんてもんじゃねェぞ。


「ルフィ‥この美女は誰だ」

「あァ、コイツがハンコックだ」

「そなた等は誰じゃ。わらわとルフィの邪魔をすると言うならタダではおかぬぞ」

「いや全く!お気になさらずに!」


物凄ェ殺気を放ちながら睨みつけてくるハンコック先輩とやらに、ウソップはプルプル首を振っている。

ルフィは黙々と箸を進めていて、何も気にしちゃいなかった。

俺も一瞥だけして自分の昼飯のおにぎり(かつお)を開けた。


「ハンコック、この卵焼き作ったのナマエか?」

「こ、焦がしてしまったのじゃ!本当はわらわが作り直すべきなのじゃが時間がのうて‥」

「やっぱりなァー、ナマエの味だ」

「(ガーン!)ル、ルフィ‥」

「あ、この唐揚げ美味ェなァ!!」

「それはわらわが!」

「すんげェ美味いぞ!」

「(つまりコレは!お前は良い嫁になるぞ、ということじゃな!)はうーん!ルフィ!」

「んめェー(モグモグ)」


俺はおにぎりを頬張ったまま、そんな二人のやり取りを見送っていた(べ、別にナマエの卵焼きが欲しいとか思ってねェ!)。

すると不意にツンツン、と背中を小突かれた。


「んあ?」


振り向いた瞬間、頬にひやりと何かが触れた。驚いて、椅子から落ちそうになった。

そのひやりの正体はいちごミルクとかかれたパックのジュースで、それを持っていたのは、


「ナマエ‥」

「へへーびっくりした?」


ナマエは目を細めて悪戯に笑っていた。

何でだ。冷やされたはずの頬が、熱い。


「ハンコック迎えに来たの。何か迷惑かけてない?」

「あー、いや、別に」

「なら良かった」


ナマエは少し目を伏せた(睫毛長ェなァ)。

ルフィとハンコック先輩とやらは二人の世界(ルフィは目の前の弁当、ハンコック先輩はルフィとの妄想)へ行ってしまっていてナマエに気づいていなかった。

ウソップもいつの間にか誰かと電話をしていて、ニヤニヤニヤニヤ気持ち悪ィくらい笑いながら話している(あー、多分昨日言ってたアレだ。彼女だ)。

つまり、今、ナマエと話せるのは俺だけってことだよな?


「ね、ゾロくん」

「(つーか何話しゃいいんだァ!?)」

「おーい」

「(って!何緊張してんだ俺は!)」

「ゾロくんってばー」

「うおっ!?なななんだよ!」

「どうしたの?そんなに焦って」

「な、なんもねェよ(やべェ、何か取り乱しちまった)」

「変なの、ふふ‥あ、そうそう、ゾロくんってお弁当いつもこんなの?」

「あ、いや、いつもって訳じゃねェけど、週3くらいはコンビニだな」

「お母さん忙しいの?」

「朝弱ェんだと。俺行く時間は大抵まだ寝てる」

「へー‥あ、そうだ!あたしがゾロくんのお弁当作ってあげよっか?」


ブー!!

ちょうど口に含んだ緑茶を綺麗に吹き出した(窓の外に向かって吹いたから教室は汚してねェ!外に居た奴は‥不運だな)。

ナマエはふんわり笑ったまま、ね?と小首を傾げている。


「いい、のか?」

「いいよいいよ!いっつも自分でお弁当作ってるし、一つ増えても変わんないよ」

「‥いいのか?」

「いいってばァ!ルフィのだってたまに作ってるんだし、遠慮する必要ないよ」


ニコニコと話すナマエに、知らず知らず冷めていたはずの頬がもう一度熱を持ち始めた。

なんでだ。なんで、こんなに‥。

ナマエが弁当を作ってくれる。それだけのことじゃねェか。


「それともゾロくんには他の女の子からお弁当を作ってもらって、嫉妬しちゃうような彼女でもいるのかな?だとしたら迷惑だよね‥」

「彼女なんて、居ねェ」


むしろ居たことねェっつーの!恋すらしたこと‥恋?


「じゃあ作って来てもいいよね?美味しくなかったら捨ててくれていいからね」

「‥お、う」

「じゃあルフィのついでに昼休み持ってくるから」


にこり、と綺麗に笑ってナマエは栗色の髪を揺らしながら俺の前を離れた。

胸が、キリキリして、熱ィ‥。


「ハンコックー、教室戻ろ?お昼終わっちゃう」

「なんじゃナマエか。わらわは今ルフィに弁当を食べさせて居るのじゃ!邪魔をするな」

「もう食ったぞ?いやー美味かった」

「本当か!?また作ってくる故食べてくれるか?」

「当たり前だろ!俺は食いモンは無駄にしねェ」

「ルフィ!わらわ‥嬉しいっ」

「ハンコック良かったね!朝早くウチに来た甲斐あったよ」

「うむ!ナマエ、明日も行くぞ」

「オッケー!じゃあハンコック、あたしたちもご飯食べよ」

「わらわ、もう(ルフィで)満腹じゃ‥」

「あたしは空腹でーす。さすがにいちごミルクでお腹は膨れないよ」


ナマエはハンコック先輩の手を引きながら、手に持ったいちごミルクを揺らした。

それから扉近くまで行くと振り向いて、


「じゃあね、ルフィ、ゾロくん、ウソップくん」

「おーまたなー」

「え!?ナマエ?(カヤと電話してて気づかなかった!)」

「ナマエ!」

「ん?」

「その‥弁当、‥ありがとな」


柔らかく、まるで花のようにナマエは笑った。


「うん!」


熱い、熱い。

顔が、体が、熱い。

ナマエが居なくなった後でも、俺は扉から目が離せなかった。

柔らかい茶髪が幻覚のように浮かんでは消え、花のような笑顔が浮かんでは消え、オルゴールみたいな心地好い声音が耳を擽っては消えていった。

俺の体全てがナマエを記憶しようとしているようで、自分の体なのに自分じゃねェみたいで‥。


「なァ‥ウソップ」

「ん?なんだ?」


気づいてしまった、俺は。

この胸を擽るような、焼くような、裂くような、意味不明な感情の正体に。

それは世の中にはありふれていて、目の前のウソップにも存在していて。

でも、まさか自分にも存在することになるなんて‥。


「俺、病気じゃねェみてェだ」

「‥は?」




この感情の名は、恋。


僕は君に、

恋をしてしまったんだ。






全ての感覚器官を支配して
(君は僕の中に存在する)















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