◎学パロ、『KISS and CRY』続編
叶わぬ恋なら、したくなどなかった。自分の気持ちを偽って、すべてから目を背け、彼に関わらないように労を費やした。すべては自らを守るため。傷つかないため。
なのにどうしてこんなことになってしまったのだろう。
どうしてこんな苦しい思いをしなければならないのだろう。
「ねぇ聞いたー?ローくん彼女と別れたらしいよ」
「聞いた聞いた!あんなにラブラブだったのにね!」
どうしてあたしは何かを期待しているのだろう。
CRY and HOPE
あたしがそんな噂を耳にしたのは、彼にキスをされた一週間後のことだった。
年頃の女の子は噂が好きなもので、クラスの半数以上がその話題で持ちきりだった。正直耳を塞いでしまいたかった。だけど聞きたいのも本心だった。
「ローくんが振られたんでしょ?」
「彼女が浮気してたんだって」
「えーサイテーじゃん」
「別れたのいつ?」
「昨日らしいよ、隣のクラスの子が修羅場見ちゃったって言ってた」
「マジー?ローくん可哀想」
「でも今なら狙い目じゃない?」
「確かにー」
そう言って笑う声にあたしは何故だが泣きたくなった。噂は真実と偽りが入り交じる、確証のないものだ。だから彼女達の話していることが真実かどうかはわからない。でももしそれが真実ならば、彼はきっと傷ついている。それを狙い目だと笑う彼女達に腹が立った。そして狙い目という言葉に嬉しくなっている、自分に腹が立った。あたしは彼女達と同等なのだ。結局自分の幸せを考える、薄情な者なのだ。
彼があたしなんかに振り向いてくれる訳なんてないのに、あたしは何を期待しているのだろう。
「ローくんってやっぱり」
これ以上汚い自分を知りたくなくて、彼の噂を聞きたくなくて、あたしは教室を逃げ出した。
チャイムの鳴る直前だからか、廊下は人が少なかった。そのままトイレにでも駆け込もうかと思ったが、トイレから女の子達の笑い声が聞こえて、もしかしたら彼の噂をしているのかもしれないと思うと足がすくんでしまった。
仕方なくあたしは侵入禁止の札が下がった屋上への階段を駆け上がった。次の授業はサボろう。人生初めてのサボりだ。
屋上の鍵は壊されていた。先生達はこれに気づいていないのかな?なんて思いながら重い鉄の扉を押し開けた。
ぶわっと暖かい風があたしを迎え入れた。髪が風に拐われふわりと揺れた。
顔にかかった髪を払いのけ、視線をその先に向けると、屋上は閑散としていて何もない。フェンスに邪魔された景色の先には見慣れた街並みが真上からの太陽に照らされていた。
見慣れた、馴染みの景色のはずなのに、あたしの知らない世界のように感じた。屋上から見ているからではない。その景色に一つの、とても眩しく、悲しく、愛しく、切ない光があったから。
「よォ」
彼は振り向いて少し驚いた顔をした後、柔らかく笑った。声をかけられた瞬間、ビクッと体が強張った。それを彼は見抜いたのか、苦笑いを浮かべながら視線を景色へと移した。
「こないだは悪かったな」
彼が指す“こないだ”とは一週間前のあの日のことだろうか。そうならば“悪かった”なんて言ってほしく、ない。
あたしの中で黒く、歪んだ感情が沸々と沸き上がってきた。それは口先から言の葉となって溢れ出す。
「何が、悪かったんですか?」
「いや‥嫌、だったんだろう?」
「だから、何がです?」
「……」
「勝手にあんなことして、勝手に謝って」
「……」
「あれはあたしの」
初めてのキスだったんです。
「あたしはあなたが」
嫌いです。
「……」
眩しい景色が霞んでいく。はらはらと、何かが零れ落ちる。
視界が霞み出す前、一瞬見た彼の顔は、悲しげでとても綺麗だった。
「俺はお前が」
「誰でもよかったんでしょ?」
彼の言葉を遮るように、あたしは叫んでいた。
あなたたちの事情にあたしを巻き込まないで!
あたしはあなたと違って、軽い気持ちであんなこと出来ないの!
その先に何かあるんじゃないかって期待するような馬鹿な女なの!
あたしの気持ち弄ばないで!
「…っ!」
まくし立てるように叫んでいた。止められなかった。溢れてくる言葉も、想いも、涙も。
C R Y
叶わぬ恋なら、したくなどなかった。
だけど自分の気持ちは偽れないのだ。
「好きなんです、あなたが」
もう逃げるのはやめよう。彼という存在から、自分の気持ちから。
「好きなんです、大好きなんです」
涙と共にはらはらと、言の葉となって溢れだす、あたしの想い。
「好き、なんです」
今彼はどんな顔をしているのだろう。困ってる?呆れてる?めんどくさがってる?
涙に濡れた視線をあげると、彼は、
「お前、馬鹿だなぁ‥」
笑っていた。言葉と裏腹に嘲笑うでも見下すでもなく、優しく柔らかに、彼は笑っていた。
「さっきの続き、言わせてもらうが」
ああ、どうか神様、彼が続けるその言葉が、あたしの思っているものと同じでありますように。
H O P E
「俺はお前が、」
それは奇跡のように優しく、
あたしの前に降り注ぎました。