バイバイ


 
目が覚めた。

まだ外は闇に更けていて、朝とは呼べない時間だった。

温かくあたしを包むのは規則正しい寝息を立てるマルコの腕。逞しい腕が緩くあたしの体に巻き付いている。

マルコの胸板に擦り寄るように身を捩った。すると無意識であろうが、腕の力が少しばかり強くなった。

ちゅ、っと小さな音をたてて胸板に口付けた。


「ん‥」

「ふふ、可愛い」


顔を上げ、そっと頬に手を添え、それから輪郭を撫で、唇へと指を運んだ。

今から1週間前。白ひげ海賊団がこの島に物資調達のため立ち寄った際、あたしの働く酒屋へマルコが数人の部下を連れてやってきたのだ。それからはあっという間で、あたしはマルコに惹かれ、次の日にはマルコと床を共にしてしまった。

マルコは優しいような乱暴なような、そんな風にあたしを抱いてくれた。

それがなんだか無性に心地よくて、あたしはどんどんマルコに溺れていった。


でも、それも今日までなんだ。


明日出航する、とマルコは言った。だからかな、少しいつもより優しかったのは。最後だから、優しく抱いてくれたのかな。

指をもう一度頬にずらして、渇いた唇に自らのそれを押し付けた。渇いた唇ではリップ音さえしなかった。

本当は物足りなかったけど、マルコを起こすといけないから、もう一度額に口付けるだけにした。

そっとマルコの腕を解き、その温もりから抜け出した。


今別れておかなければ、きっとあたしは泣いてしまうから。連れて行ってなんて言えないから。あなたを困らせたくないの。


床に散らばった服をかき集め、なるべく早く身につけた。

それからもう一度マルコの傍に行き、頬を撫で唇を重ね合わせた。やっぱりリップ音はしなかった。


「愛してたわ、マルコ」


もう終わりだから。1週間、あなたと過ごした時間はとても幸せだった。本当にあなたを、あたしは愛していた。

でももうおしまい。いつまたこの島へ来るかもわからない、ましてやもう二度と来ないかもしれないあなたを想い続けるなんて、あたしには出来ない。

いいえ、怖いのよ。

あなたがまたここへ来てもあたしを覚えているかもわからない。そもそもあなたがあたしを愛していたから抱いてくれたのか、自らの欲求を満たすためだけに抱いてくれたのか。

もし後者であったならあたしが想い続けるのは無意味だし、辛いだけである。

だから終わり。今ここで一方的に別れを告げて、一時の遊びで終わらせましょう。


「バイバイ」


涙をぐっと堪えて、未だ規則正しい寝息を立てるマルコに背を向けた。

大丈夫。何日かすれば忘れられる。

さようなら、マルコ。





「どこ行くんだよい」

「っ!」


腕を引っ張られて、気づけばあたしはマルコの腕の中にいた。


「なっ‥離してよ!」

「どこ行くんだって聞いてんだよい」

「帰るのよ!」

「どこに?」

「家に決まってるでしょ!」

「俺に黙ってかい?」

「っ‥マルコには関係ないじゃない」

「関係あるねい」


肩を掴まれ、マルコと向かい合うよう体を動かされる。

顎を片手で持ち上げられ、無理矢理目を合わせられる。


「離してっ!」

「うるせェよい」


唇を塞がれた。あたしがしていた触れるだけのキスじゃなくて、ねっとり味わうように深く、深く。

ちゅっと軽快な音と共に唇が離れる。


「っ、やめてよ!」


こんなことしないでよ。あなたのこと、忘れられなくなるでしょ。


「待ってろい」

「っ!?」

「必ず迎えに来る」

「う、そ‥そんなの嘘よ!」


マルコの胸を両手で叩く。

嘘よ、嘘よ。離して、あたしはあなたを、


「忘れたいのよ!」


マルコの腕の力が増した。離さない、というように強くあたしの体を締め付ける。


「忘れなんてさせねェ」

「や、めて‥」


耐えていた涙はポロポロと零れ落ちる。

忘れろと、遊びだったと、言って欲しいのに。苦しいのは嫌なの。待つなんて、あたしにはできないの。


「俺を信じろい」


怖いのよ。もう迎えになんて来ないんじゃないかって。だってこの海には危険しかないんだもの。あなたの無事を祈り続ける程、あたしは強くないのよ。


「俺は絶対死なねェよい」

「っ‥わからない、じゃない」

「約束する。またお前に会いに来る」


指で涙を拭われる。

愛しい。あなたを信じていたい。愛していたい。


「‥浮気、しない?」

「しねェよい。お前以外抱きたいとも思わねェ」

「マルコの居ない間に‥好きな人、できるかもしれない」

「そん時ゃ奪い返してやるよい」

「でも先に死ぬかもしれない」

「じゃあ俺もお前の墓の前で死んでやる」

「やめてよ、縁起でもない」


その首に腕を回した。

きっとあなたはあたしを離してくれない。そしてあたしももうあなたを忘れられない。あなたしか愛せない。

だったら、とことん愛してやるわ。


「愛してる」

「う、ん‥っ」

「俺だけを想ってろい」


返事の代わりにキスをした。

マルコは抱きしめながらキスに応えてくれた。

甘くてしょっぱくて。

一生忘れられそうにないわ。あなたのキスも、あなた自身も。


「待って、る」


だから、




バイバイ
(また会うときまで)




「浮気したら殺すわよ」
「だから俺は死なねェって」
「あたしには殺されなさいよ」
「お前が一緒に死んでくれんならいいよい」
「マルコと死ねるなら本望よ」
「奇遇だねい、俺もだよい」










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