「お前、俺と一緒に来い」
「‥は?」
そう言った直後、男はミートスパゲティに顔面を突っ込んだ。
「ぐごォー」
「寝てんのかよ!」
なんなんだこの男は。新手のナンパか?もしくはそっち系の仕事のスカウトか?
とにかく関わり合いになっちゃいけないと本能が言っている。
「店長!変な客が居るんであたし帰ります!」
「なにバカなこと言ってんだい。さっさと皿下げちまいな」
「ぶへー」
仕方なくあたしは変な客から離れて、他の客が平らげた皿を持って厨房に入った。
ガチャガチャとお皿を洗う。
「すいませーん。酒持ってきてくださーい」
「はいはーい」
エプロンで手を拭いながら厨房から出ると、ホレ、と店長からお酒の瓶を渡された。
それを持って席に向かうと、既に出来上がった酒臭いお兄さん方が「待ってましたァ」と声をあげた。
「失礼しまーきゃっ!!」
ぐいっと腕を引かれた。
何が起きたのか一瞬わからなかったが、腰に回された腕によってすぐに何かわかった。
「君可愛いね。一緒に飲もォ」
「すみません。今仕事中なもんで」
「いいじゃん!一杯くらい!」
「いや、ホントすみません」
こんな客には慣れっこだ。軽く笑ってお客さんの胸を押し返す。
うっ!なんだこの客!
あたしの反抗も虚しくさらに引き寄せられ、今にもチューしちゃいそうな距離まで近づかれる。
「ちょ、やめてください!」
周りの客たちも、「やれやれー」とか「俺にもさせろー」とか叫んでいる。
「店長っ!!」
厨房に目をやると、ちょうど店長が客たちを止めるために出てくるところだった(助かったぜ店長!)。
「お客さんその手を「ぐわっ」
「‥え?」
突然お客さんの手が緩んだ。
びっくりして振り向くと、さっきまでの男は倒れてて代わりにあの変な客。
「ったく、コイツは俺んだ。手ェ出してんじゃねェ」
か‥かっこいい!まるでドラマ!思わずキュンと胸が鳴いた気がする。
けども、
「あたしはあんたのじゃない!」
「んだよ、折角助けたってのに。それともなんだ?あのままそいつとキスしたかったのか?」
「うっ‥それは、その‥ありがとうございます」
「おう!だからよ、俺と来てくれよ」
「それとこれとは話が別です」
「何が違うってんだ?俺はお前を助けた。そのお礼に俺と一緒に来る。妥当じゃねェか」
なんでこうなるんだァ!!
確かに助けてもらったけど、けど、けど!
「‥あ!見ず知らずの人について行っちゃ駄目だって母に言われてるので」
「てめェ両親居ねェだろ」
店長コンニャロー!!何バラしてくれてんだ!折角浮かんだ理由(嘘とか気にしない)なのに!
「あーもうめんどくせェ」
「え?」
よっと体を抱えあげられた。
「ちょちょっと!おろしてよ!」
「うるせェ。それよりしっかり掴まっとけよ」
「え!?ちょっ、やああぁぁー!!」
ダッと走り出した変な客、っていうか最早誘拐犯!
店長の「食い逃げェ!!」の声が聞こえた。
って食い逃げよりあたしだろ!クソ店長!!
「おろせー!!」
「暴れんなって!」
「やだやだやだ!」
だんだん遠くなるお店に、うるうると涙が溜まってきた。
このままあたしはどうなるの?どっかに売り飛ばされちゃう?はたまた変なお店で働かされちゃう?
とにかく最悪なことしか予想できない。
「ぐすっ‥」
「っおい!何泣いてんだよ!?」
やっと立ち止まってくれて、ストンと地面におろしてくれた。
顔を覗き込まれ、初めてちゃんと誘拐犯の顔を見た。
か、かっこいい‥。
お店だと暗くてわからなかったけど、すごく整った顔だった。
眉を困ったように下げて、あたしの肩に手をおいて、ごめんなって。
キュン。
あたしはなんで誘拐犯にときめいちゃってんだ。
「誘か‥お兄さん名前は?」
「エース」
「あたし、どうなるの?」
「俺の、つーか親父の船に乗ってもらう」
「船?奴隷船か何か?」
「海賊船だよ」
「海賊っ!?」
「おう!」
自信満々に言う誘拐犯、もといエース。
えっと、つまり、えっと‥
「あたし、人質になるの?」
「バーカ、船員になんだよ船員に」
「はァ!?つまり海賊になるってこと!?」
「そういうこった。よっと」
「えっ!わっ!」
あたしを抱え、エースはまた走り出す。
心地良い揺れの中、エースとだったら海賊もいいかなって思うあたしが居て、どんな冒険があるのかワクワクするあたしが居て。
何より、あなたをもっと知りたいと思うあたしが居て。
恋しちゃった証拠
(キュンと鳴く胸の鼓動)
「ところで親父ってエースのお父さん?」
「ホントの親父じゃねェけどな」
「ふーん。その人が船長なの?」
「あァ、白ひげってんだ」
「白ひげェ!?」
「なんだ知ってんのか?」
「知ってるも何もっ‥やっぱ帰る!店長ーっ!!」
「残念だな。もうすぐ船だ」
「ギャアアアアア!!!」