◎死ネタ注意
例えば明日あたしが居なくなったら。
「バカバカしい」
キャプテンは読みかけだった本にもう一度目を落とした。
「あたしは真面目に質問してるんですよ!ちゃんと答えてください!」
「そりゃァ例えばなんだろう?んなこと考えてどうすんだ」
バカバカしい、とキャプテンはコーヒーを啜った。
バカバカって2回も言わなくて良いじゃない。あたしはキャプテンに「涙が枯れるまで泣いてやる」とか「俺も一緒に死んでやる」とか言って欲しかっただけなのに。
「キャプテンのケチ」
「消されたいのか?ナマエ」
「すいません。口を慎みます」
しゅん、とあからさまに落ち込んだあたしを見てキャプテンは、はぁ、と一つ溜め息をついた。
「だいたい、んなこと俺に想像さしてどうするんだ?悲しませてェのか?」
「はい!悲しんでください!」
「バカか」
またバカって言った!
確かにあたしはキャプテンみたいに頭良くないし、むしろバカかもしんないけど‥。
医者がどんだけ偉いんだー!!(口には出せないからね!心の中だけだよ!)
「じゃあキャプテン!明日世界がなくなるとしたら?」
懲りねェ奴だなァ、と呟いてキャプテンは物凄く不機嫌そうな顔をした。
でも怖くないもんね!むしろその顔好きだもんね!(あたしはMか!‥うんMだ)
「ねっ!ねっ!キャプテンっ」
「うっせェなァ!邪魔だ、出て行け」
しっしっ、と邪険にされる。
しかしめげないのがあたし。
サッとキャプテンに近づいて後ろから抱きついてやった。
ピクっと僅かにキャプテンが動いて、顔だけこちらに向けた。
「何のつもりだ」
「色気作戦で構ってもら「ROOM」わわわわっ!」
危ない危ない!危うく首と体がさようならするところだった。
さすがのあたしもこれには逃げざるを得なかった(だってバラバラにされてどう遊ばれるかわかったもんじゃない)。
「そんなに構ってもらいてェならベポのとこでも行ってろ」
「やだ!あたしはキャプテンに構ってもらいたいんです」
「バカバカしい。俺は忙しいんだ」
今日何回バカって言われたっけ?ってそんなのどうでもよくて!キャプテン本読んでるだけじゃん!忙しくなんてないじゃん!
「キャプテーン」
「‥」
「キャプテンってば」
「‥」
無視ときたか。さすがにもう構ってくれそうにないな‥。
“最後”かもしれないのに。
「キャプテン‥」
「‥」
「例えばあたしが、明日死んだら」
“例えば”
そう、それは“もしも”の話。
「死体でいいからキスしてくれますか?」
パタン、と後ろ手に扉を閉めた。
どうかこの涙がキャプテンに気づかれていませんように。
‐ ‐ ‐ ‐ ‐
パタン、静かに閉ざされた扉が酷く重たく感じられた。
「なんで‥」
アイツは泣いていたんだ?
「例えばあたしが、明日死んだら」
「死体でいいからキスしてくれますか?」
どういう意味なんだ?
良く良く考えれば今日のアイツはおかしかった。
構ってくれとせがむのはいつものことだが、2度も同じことを言わせるような奴じゃねェ。
しかも抱きついてくるなんざ初めてだ。
「っ‥」
体が勝手に動いた。勢いよく扉を開けて甲板に走った。
予想通り、甲板でベポと戯れるナマエの姿。
「あ!キャプテン!やっと構ってくれる気になったんですね!」
ケロっとしながら俺に駆け寄るナマエ。
だけど俺にはすぐわかった。伏せられた、赤い目。
「ナマエ、さっきのどういうことだ?」
「さっきの?あぁ!例えばですよ!例えばー!」
「嘘つけ!」
ナマエの肩を掴むとビクッとその体が竦んだ。周りの船員たちも急に大声を出した俺に、目を丸くし固まっている。
俺はそんなこともお構い無しにナマエの肩を掴む手に力を込めた。
みるみるナマエの瞳には涙が溜まる。
「何を隠してる」
「な、にもっ‥」
「言え」
ポロポロ、零れ落ちる涙。
何を隠してる。何を抱えてる。
「キャプ、テン‥」
「なんだ」
「あたし‥」
もうすぐ死ぬんだって。
ザザァーン、波がうねる。
まるで嘆くように、悲しげに。
「例えば、なら良かったのにね」
それからナマエが言ったことはよく覚えていない。
島の医者がどうとか、悪性の腫瘍がどうとか。
「キャプテン?」
「‥」
気付いたときには俺はナマエを抱きしめていた。
目を丸くして、ニへっとナマエは笑っていた。
「キャプテンが抱きしめてくれるなんて、病気も悪くないなァ」
「バカか‥」
「またバカって言ったァ」
でもキャプテンにバカって言われるの嫌じゃないです、とまたヘラヘラ笑う。
ポロポロ、涙を溢しながら。
「キャプテン‥っあたし」
息もできないほど、呼吸が苦しくなった。
嗚咽を漏らしながらヒクヒクと泣くコイツは、普通の女じゃねェか。
神がいるってんなら、なんでこんな女の命を奪うんだ?てめェにそんな権利があんのか?
「キャプテンのこと、好きです」
全て言い終わる前に、塞いだ。
互いの呼吸を分けるように、深く、長く。
しょっぺェキスは初めてだった。
「キャプ、テン」
「好きだ」
「へへ、あたし今すっごく幸せです」
だって死体じゃないのにキャプテンとキスできたんだもん。
弱々しく笑うナマエを、力いっぱい抱き締めた。
例えば奇跡を望むなら
(永久に、君の傍で)
キャプテン大好き
空を見上げる度、聞こえる君の声。