煙草と絆創膏


 
トントントン。包丁とまな板のぶつかり合う音が規則正しく聞こえてくる。

パサ、とあたしも本を捲る。

夜中、仕込みをするサンジくんの傍で本を読むのがあたしの日課。唯一2人になれるこの時間があたしには最高の幸せ。


「ねぇサンジくん」

「どうしたんだいナマエちゃーん!」


パタン、と読みかけの本に栞を挟んで、サンジくんに近寄った。

目をハートにしながら振り向いたサンジくん。嬉しいような悲しいような。

はぁ、と溜め息をつきたくなるのをグッと堪えて、


「みじん切りってどうするの?」

「なんだい?ナマエちゃん料理でもするのかい?」

「あたしだって女だもん。ちょっとくらい料理できた方がいいでしょ?ね、教えて?」

「料理なんでできなくてもナマエちゃんは十分良い女だぜ」


ニッと笑顔を浮かべるサンジくん。ボッと顔が熱くなるのがわかった。


「ま、また今度教えて!じゃあもう寝るね!」


足早にキッチンを後にした。顔が赤いのに気付かれたくなかったの。

そう、お分かりの通りあたしはサンジくんが好き。

無謀だってわかってるわ。だってサンジくんあんなでしょ?女の子になら誰にだって優しいし、キザなセリフだって平気で言える。

どうせあたしも、何万も居る女の子の1人。特別な何かなんてないのよ。


気づくとあたしは女部屋ではなく、甲板に来てしまっていた。

キラキラ星の輝く空を眺めた。


「はぁ‥」

「なんだナマエ、溜め息なんかついて」


もうみんな寝たと思ったのに、グビッとお酒を煽りながらゾロが甲板に出てきた。


「ゾロォ〜」

「うおっ!?んだよいきなり」


涙ぐみながらあたしはゾロに飛び付いた。

ゾロはギョッとしながらもあたしを受け止めてくれた。


「うえ〜ん!ゾロォ〜!」

「泣くな泣くな。何があったんだ?」


ゾロはポンポンとあたしの頭を撫でてくれた。まるでお兄ちゃんみたい。

何があった訳じゃない。ただ悲しくなっただけ。特別になんてなれそうにないんだもん。


「ゾロ‥」

「あ?」

「あたしサンジくんが好きなの」


ブーっと吹き出したゾロ。

そんなに驚かなくてもいいじゃない。


「お前、正気か?」

「こんなこと冗談で言う訳ないでしょ」


力強くゾロの目を見て言った。さすがのゾロもわかってくれて、ボリボリと頭を掻きながら眉を垂れた。


「んで、あのクソコックのことで泣いてたってのか?」

「うん。どうしたら特別になれるのかなって」

「アイツにとっちゃ女なんてみんな特別だろ」

「……」


だから困ってるんだ。特別の中の特別になんてなれるんだろうか‥。

すっかり黙ってしまったゾロ。あたしもつられて黙ってしまう。


「あのね‥」

「ん?」

「ゾロ、料理できる?」

「‥は?」


これを最後にしよう。

駄目なら諦めよう。

一か八かの賭け、いざ勝負だ。





 * * *





次の日の朝、サンジくんはいつものように身支度をして、煙草をふかしながらキッチンへ入ってきた。


「っ!ナマエちゃん!?」

「ん‥?」

「てめェクソマリモ!ナマエ#ちゃんに何してんだ!?」


サンジくんの声で目が覚めて(なんて素晴らしい目覚め!)みれば、サンジくんがゾロに掴みかかっているところだった。

当のゾロはまだ寝ぼけてたけど、ガクガク揺らされて嫌でも目が覚めたようだ。


「んだよクソコック!朝っぱらからうっせェなァ!」

「てめェ何してんだって聞いてんだ!」

「あン?」


しばらく考えたゾロは、あ!と声を上げ立ち上がった。

ぽん、とあたしの頭に手をのっけて


「俺ァ部屋でもっかい寝っから、うまくやんだぞ」

「う、うん」


じゃあな、とゾロはキッチンを出て行った。

残されたのはバクバク緊張しまくりのあたしと、状況を全く理解していないサンジくん。

何とも言えない沈黙が続いた。


頑張れあたし!言うんだあたし!


「サンジくんっ」

「な、なんだい?」

「こ、これ」


あたしは冷蔵庫から、夜中ゾロと頑張った作品を取り出した。

サンジくんはそれを見て数回瞬きをすると、あたしに視線を向けた。


「‥これは?」

「ハンバーグ!」


そう、あたしが作ったのはハンバーグ。

そりゃもう料理なんてできないあたしが、剣術しか取り柄のない無駄に包丁裁きだけうまいゾロに手伝ってもらって作ったもんだ。みっともないに決まってる。

材料を切るまでは上手にできても形なんてぐっちゃぐちゃだし、焦げまくって何回も炭にしちゃうし。

何とかハンバーグに見える物体ができたときは日が昇り始めていた。

そこで力尽きたあたしたちはそのまま眠ってしまったのだ。


「サンジくん、コックさんだし‥あたしなんかの料理、食べれるかわかんないけど」


頑張ったんだよ。サンジくんのために。

特別になれなくてもいいから、これだけは食べて欲しい。


「食べてください!」


コックさんのサンジくんに料理を作るなんて無謀だってわかってる。

だけどあたしがあなたにしてあげれることって何かわからなかったの。だから、いつもみんなのために料理を作るサンジくんに、サンジくんのために作った料理を食べて欲しかったの。


「いただきます」

「っ‥」


パク、モグモグと口を動かすサンジくんにドキドキは増す。

やっぱり美味しくないかも。やっぱりやめときゃよかったァ!


「ごめんっ、やっぱり美味しくないよね!いいよ食べなくて」


サンジくんの手からお皿を奪おうとしたらサッと避けられてしまった。

コト、とお皿を机に置く音がして、あたしは動けなくなった。

後ろから、サンジくんに抱きしめられたから。


「サ、サンジくんっ‥」

「ありがとう。うまかった」


耳元で声がする。ゾワゾワ、体が熱くなる。


「こんなに怪我して。綺麗な手が台無しだ」


手に手を重ねられる。いつもと違う、ずっと近いサンジくん。


「みじん切りの仕方を聞いたのもこのためかい?」

「う、うん‥」

「いつもここで読んでた料理の本も?」

「き、気づいてたの?」


カバーまでして隠してたのに。

なんでもお見通しさ、と笑うサンジくん。ギュと胸が苦しくなった。


「じゃ、じゃあサンジくん‥なんであたしがサンジくんにハンバーグ作ったかわかる?」

「‥ナマエちゃん」

「?」

「自惚れじゃないなら」


煙草の煙が、ユラユラ揺れた。


「君が俺を好きだから?」

「っ!」

「それから」


煙草が床で弾けて、唇に苦い煙草の味が広がった。


「俺も君が好きだから、かな?」






煙草と絆創膏
(僕はもう君の虜)






「ちょっとナマエ!どうしたのその手」
「愛故の傷です!」
「は?」
「ぷっ」
「何笑ってんのよゾロ!」
「てめェクソ剣士!俺のナマエちゃんを笑うたァ良い度胸だなァ!」
「あァ?誰のお陰でくっついたんだ?」
「なっ」
「え!?ちょっとどういうこと!?説明しなさいよナマエ!」
「だから愛だって。ね、サンジくん」
「メロリーン!ナマエちゃん大好きだぜェ!」






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