俺は自らの奇異な行動のせいで、得体の知れないものを船まで連れて来てしまった。

そして、謎ばかりが積み重なった。

どうして彼女はあんなところに居たのか。どうして彼女は何も知らないのか。どうして彼女は意味のわからない言葉を使えるのか。

どうすれば彼女を知ることができるのだろうか。





隠された本心と矛盾






ナース室の前まで行くとエースが一人壁にもたれて待っていた。

アイツは?、中、と短い会話を交わして、エースの横に並んで待つこと1時間。比較的古株のナースが扉から顔を覗かせ、俺の名を呼んだ。

応えるより先にどうぞと言われてしまって、言いかけていたアイツは?という言葉が吐き出されずに口の中をさ迷った。それを噛み殺し、あァ、と応えると扉を開け放ったままナースは部屋に戻った。

それに続けて中へ入る。


「あの子、どうしてあんななんですか?」


“あんな”とは一体どんなことなのだろうか。言葉の意味を知らないことか、泥まみれで小汚ないことか、はたまた別の何かか。


「知らねェよい」


見つけた時からあんなだった。

そう言えば、ナースからの返答はなかった。だがそれは目的地に到着したからのようだ。ナース室の奥、ナース達の個室が並ぶ間の浴場と書かれた扉の前でそのナースは立ち止まった。


「入るわよ」


中からの若いナースの返事を確認して、静かに扉を開けた。もわっと暖かい蒸気と石鹸の香りが漂ってきた。

その曇りの中に見えたもの。


「な、」

「おー」


小汚なさなんて欠片もない。

漆黒の髪は僅かに青みを帯びていて、肌は透き通るように白く、青紫だった唇は綺麗にピンクに映えていた。

天使や妖精の類かと、本気で目を剥いた。


「ふふ、あんなに汚れてたのに嘘みたいでしょう?」

「あァ、見違えったな!」

「こんな綺麗な子、どこで拾ってきたんですか?マルコ隊長」

「……」

「マルコ隊長?」

「どうした、マルコ?」

「え?‥あ、あァ」

「こりゃ上玉じゃねェか」


俺の言葉に被さるように後ろから聞き慣れた声がした。振り向けばニヤニヤと下品な笑顔を浮かべたサッチが立っていて、俺を押し退けて部屋に入ってきた。ズカズカそれに近付いてその肩を掴んだ。


「おいサッチ!」

「お前、名前がわかんねェってことは自分がどこから来たかもわかんねェわけだろ?」

「……?」

「ん、わかんねェってことでいいな。そこで提案だ」


嫌な予感がした。サッチが提案するものに今までろくなものはなかった。今回も同じような類いのものに決まっている。


「俺たちと一緒に来い」


ほら、ろくなものではなかった。

一間置いてナースたちが手を叩き黄色い声をあげて喜んだ。エースも満面の笑みでサッチの言葉に頷いていた。なんだい、今回反対なのは俺だけかよい。


「マルコ、どうだ?いい提案だろ?」

「‥はぁ」


あからさまに大きな溜め息を溢した俺に、全員の視線が集まる。俺はサッチに頭をポンポンされて、きょとんとした表情をした女をサッチから引き剥がした。


「コイツは俺が連れてきたんだ。どうするかは俺が決める」

「なんだ?自分専用の奴隷にでもする気か?」

「マルコ!俺はお前がそんなやつだと」

「奴隷なんかにしねェよい!お前はどんな発想してんだい!」

「じゃあどうする気だよ」

「一緒に連れては行かない」

「なんで?」

「コイツの素性がわかんねェからだよい。俺は一番隊隊長としてコイツの乗船を認めてはやれねェ」

「じゃあなんでお前はコイツを連れて来たんだ?」

「それは‥」

「ほっとけなかったからだろ?」

「……」

「この島は治安が悪ィ。そんな島にもう一度放り出してみろ、こんな女だぜ?人拐いに合うか、ゲス野郎共に犯されちまうぜ」

「‥そうかもしれねェが、俺は船に危害を及ぼすかもしれねェやつの」

「マルコ」


言葉の続きを遮るように不意に名前を呼ばれた。サッチでもエースでも、ナースの誰かでもない。

あの女にだ。


「な‥!」


女は俺の服の裾を握っていた。そして相変わらずのきょとんとした表情を俺に向け、こてん、と首を傾げてみせた。

しん、と周りが静まり返る。


「マルコ」


もう一度名前を呼ばれた。きょとんとした顔つきで。


「な、なんだよい」

「……」

「だから!なんだよい!呼んだのはお前だろい!」

「……」

「っ‥!」


イライラする。どうしてこんなにもどかしいのか。言葉が通じないことが、女の素性がわからないことが、船に乗せることを認めてやれない自分の立場が、そして何より、真っ直ぐ俺を見上げる青い瞳に熱くなる胸が、もどかしかった。

俺がコイツを船に乗せたくないのは、自分の感情を掻き乱されたくないからかもしれない。それを自分の立場を利用して、あたかも一番隊隊長として最もな意見のように言っていただけなのだ。


「‥わかったよい」


そして結局は乗船を認めてしまう俺は、本当はコイツを船に乗せて傍に置きたかったのかもしれない。









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