わからないことは未知数だ。
それを一つ一つ謎解いていくには、どれだけの時間がかかるのだろう。
あるいはそれほどの時間が、俺にはあるのだろうか。
三日後には、俺たちはこの島を離れるというのに。
黒のベールを捨てて
「……」
「‥なんだよい」
「……」
「……」
「だから!なんだよい!」
「……」
「‥マルコ」
「さっさと言えよい!」
「お前、いくら海賊だっっつっても人攫いはどうかと思うぜ。俺ならぜってェしねェわ」
「攫った訳じゃねェ。拾ったんだい」
「お前、落ちてるモン拾うなんてエースでもしねェぞ」
「前に落ちてたリンゴ食って腹壊したからな。拾い食いはよくねェぜ」
「お前と一緒にすんなよい!第一コイツァ人だ!」
「人って‥まァ人だけどよォ」
「すっげェ汚ェな、コイツ」
そう言って視線をそれに向けたエースに続いて、俺とサッチも視線を向ける。
泥で汚れてそうなったのか、元々そういう色だったのか、真っ黒いワンピースのような布切れ。そこから覗く青白い肌はくすんでいて、服同様真っ黒な髪には埃や泥が絡まっている。
見るからにみすぼらしい、小汚い姿だった。
だが、ただ一つ。
その瞳だけは異様なほどに美しかった。
「お前、名前は?」
「‥なまえって」
「無駄だよい」
サッチの質問に答えようとしたそれの、今日何度目かになる疑問の言葉を遮った。
近くで興味深げにこちらに視線を向けていたクルーの一人にバスタオルや着替えを持って来るよう命じ、俺はそれに視線を戻して続けた。
「コイツに言葉は通じねェ」
「は?でも喋ろうと‥」
「意味をわかってねェんだよい」
俺の言葉にサッチはきょとんとした後、エースと目を合わせ首を捻った。
「どういうことかわかるか、エース」
「マルコ、お前変なモンでも食ったのか?」
「食ってねェよい!」
「いやマジ、お前何言ってんのかわかんねェし」
「ナースんとこ行くか?」
「俺ァどこも悪かねェよい!」
こうなることは予想していた。
だが、実際そうなると本気で腹が立つ。
半ば自棄になった俺は乱暴にそれの肩を掴み、サッチの前に突き出した。
「んなに疑うってんなら何でもいいからコイツに聞いてみろよい!」
「‥お前セックスしたこ」
「もういいよい。お前は黙ってろい」
どうしてサッチはこうもバカなんだ。そして一々俺の燗に障る。
とはいえ、やはり憎めないのは長年の付き合いのせいか。
「ねぇ」
「あ?」
「セックスって」
「なんでもねェから!一々反応してんじゃねェよい!」
あァ、なんだろう。どっと疲れた。
それもこれも、変なモン拾っちまったから悪ィんだ。
「隊長!タオル持って来ました」
「すまねェよい」
深い溜め息をついた直後、先程のクルーが数枚のバスタオルを抱えて戻って来た。
それらを乱暴に受け取ってそれの頭に被せた。グシャグシャと乱暴に髪を拭けば、ふあ、と小さく声を漏らした。
「痛かったか?」
「‥?」
「なんでもねェよい」
話しかけても無駄なことはわかっているはずなのに、反射的に問いかけてしまう。もちろん返事なんてものはないのだが。
それにしても言葉が通じないことがこうももどかしいものだとは。
歯痒さを押し殺して、なるべく優しくその髪の水分を抜いていく。
「なァマルコ」
「ん?なんだよい」
「まずは風呂に入れるべきじゃねェの?」
「……」
盲点だった。いや、妥当なことだと思う。むしろそうするべきことだと思う。
なんで忘れちまってたんだろう。
「そうだな」
俺は髪を拭いていたタオルを床に放り、真っ黒で泥臭い服に手をかけた。
「は?おいマルコ!」
「あ?」
サッチが叫んだときには遅かった。
俺は勢いよくその服をずりおろした。そしてさらけ出された、見慣れているような見慣れていないような、ふくよかな膨らみ。
つまり、それは、
「はァァァァア!?」
「お前バカだろ!何平然と女の服脱がしてんだよ!!」
「お前っ、お、女っ!?」
「当たり前だろっ!!」
何が当たり前だ!見た目から性別なんて判断出来なかったじゃねェかよい!むしろこんな汚ならしいモンが女だなんて誰が思う!?思わねェだろい!(勝手に男だって決め付けてた俺も悪いが)
つーかなんでサッチはコイツが女だってわかってんだよい!その方がすげェよい!
「とりあえずさ、ナースにでも預けるか?」
困惑している俺に、あくまでエースは冷静に、それにバスタオルを巻きながら言った。
返事も出来ずに居る俺の代わりにサッチが応えた。
「そうだな。エース頼めるか?」
「あァ」
そう言ったエースはそれの手を引き、船内へ入って行った。
残された俺は、流れていく状況に追い付けていない自分に戸惑い続けていた。
女だなんて、思わなかった。
「お前気付かなかったのか?」
「‥何、が」
「アイツが女だって」
「気付く訳ねェだろい」
「そうか?俺ァ会ったときから気付いてたぜ」
「判る要素ねェだろい」
「俺の股間センサーなめんなよ。俺の股間センサーは例え3歳のガキでも」
「そりゃただのロリコンだい」
バカなことをほざくサッチを余所に、俺もエースに続いて船内へ向かった。