燃えるようなこの感情


 
規則正しい寝息がすぐ頭上からする。

ぴと、っと心地良い心音のする胸板に頬擦りをした。

背中に回された腕は緩やかに体を締め付けている。


「‥」


昨晩、ローとあたしは体を重ねた。

ケジメをつけるため。この感情を、関係を、“遊び”で片付けるために。

だけど、やっぱり後悔した。

終わると思ったのに、燻る心が痛かった。キリキリと締め付けて、苦しかった。

このまま、傍に居たいと思ってしまった。

あたしはローじゃなく、“彼”を愛しているのに。


先日、あたしは気づいたんだ。あたしは彼を忘れたくないことに、彼の温もりを探していたことに。

ローに、彼を重ねていたことに。

あたしはローを利用してしまっていた。このまま一緒に居ても、あたしはローを傷つける。

あたしは無意識の内に、いつも彼を考えていた。ローに抱かれていたときも、頭には彼が居たんだ。いつもそうだった。誰に抱かれても彼が頭に居た。ローのときも例外ではない。

あたしは、最低だ。

だけどただ一つ、いつもと違ったのは、ローは愛を囁いてくれた。それは紛れもなくロー自身の声だった。彼を重ねた、あたしの幻ではなかった。



「愛してる」



ローを、感じた。

嬉しかった。体の奥が痺れて、震えた。

今までのどんな男の愛撫よりもずっと、快感らしい快感だった。

きっとあたしは、ローと居れば彼を忘れることができるだろう。そしてそれはきっと、そう遠くない未来。ローを好きになり、愛せるだろう。

だけど、あたしはその道を選ばなかった。正確には、選ばない。

今ここを出て行かなければいい話だろうが、あたしは出て行く。

守りたいものが、あたしにはあるから。何にも変えられない、かけがえのないものがあるから。


するり、とその腕を抜けた。

案外安易に抜け出せて、一息つく。

柔らかい寝息をたてるローの顔を伺う。

万年その下に称えられた隈のある瞳は、瞼の下に隠れて見えない。人の心を見透かすような瞳が最初は嫌いだった。だけど、今は好きだ。全て吸い込んでしまいそうな瞳が。

それからいつも自分中心で命令じみたことしか言わない口も、死の外科医と言う通り名がつくような悪党面も、ちゃんと食べているのかと問いたくなる細身の体も、全部、全部‥


「っ‥」


そこまで考えて、考えるのはやめた。

今更、この胸を焼く感情の正体を知ったところで何だって言うんだ。

あたしは決意した。ケジメもつけた。迷う理由はない。

ローとは、もう何もない。なくなるんだ。


「終わりだ」


自分に言い聞かせるように呟いた。

ローとの短く、だけどどこか充実していたこの暮らしも、あたしの1年に渡る冒険も、全て今日で終わるんだ。

最後が、ローでよかった。


「ありがとう、‥」


ローの頬に触れた。指先が耳のピアスに触れ、金属特有の冷たさがした。

唇に極力優しく、触れるだけのキスをした。


「‥」


それからキュッと唇を結んで、衣服を身につけた。

胸元に一つ、紅い華が咲いていた。ローがつけたものだ。

指で軽くそれを撫でた。

昨晩のことが、もう遠い昔のことのように脳裏を過った。

その度に軋む胸に嫌気がして、自嘲した。あたしはバカだ。

ゆっくり目を閉じ、深く息を吐き出した。



次に目を開けたとき、あたしの中の迷いは消えていた。

すく、と立ち上がり、サーベルを腰に提げた。

振り返らなかった。振り返ってはいけない気がしたから。

扉を開ける前、一度だけ足を止めた。ゆっくり息を吐いて、


「バイバイ、ロー」


あの日、彼と別れたときと同じ、苦い感情が込み上げてきた。

静かに背で、扉を閉めた。



今、行くね。










燃えるようなこの感情
(その名は愛ではなく、恋)












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