月夜に揺れる


 
「甘ェ」「苦ェ」


コーヒーを飲んだトラファルガーとあたしの第一声。


「お前ブラックって言っただろ!」

「ブラックでもちょっとは砂糖入れんじゃねェの!?」

「バカか、普通は何も入れねェだろ」

「こんな苦ェの飲めねェじゃん!」

「お子ちゃまだな」

「はあ!?あたし砂糖2杯しか入れてねェし!それでも苦ェし!コーヒーなんて人間の飲みモンじゃねェ!」

「太るぞ」

「あ?」


だって苦いもんは苦いんだ。

やっぱり無理してコーヒーなんてやめて、ミルクティーにすりゃよかった。


「砂糖ないの?」

「食堂まで取りに行け」

「それはめんどくさい」

「知るか」


トラファルガーはコーヒーを一気に飲み干した。

あたしはじっと自分のコーヒーを見つめた。


「甘すぎんだろ」

「1杯しか入れてねェよ」

「その1杯の基準がわかんねェ」

「文句言うなら自分で淹れろ」


あたしは饅頭をつまんだ。一口かじると甘い餡子の味が広がった。

やっぱり甘いモンは最高だな。


「残り飲んでよ、トラファルガー」

「んなクソ甘ェもん飲めるか」

「えー」


饅頭を口に含みながらトラファルガーを見つめれば、はあ、と一つ溜め息をつかれた。


「貸せ」

「さすがトラファルガー!ありがと」


物凄く顔をしかめられたけど気にしない。

あたしは饅頭を頬張った。


「‥コーヒー淹れてくる」


あたしのコーヒーを飲み干したトラファルガーは、コップ2つを持って部屋を出て行った。

急に静けさが部屋を包んだ。

さっきのトラファルガーとの会話を思い出した。

誰かと言い合うなんて久しぶりだ。

アイツとも言い合いとかしたな‥。懐かしくて、つい笑ってしまった。

しかし直後、不意に泣きそうになった。

部屋にある唯一の窓を開けた。風に当たりたかった。

波は穏やかで少し欠けた月が海に映えていた。キラキラ、星も瞬いて。


「‥っ」


あの日の夜も、こんな夜だった。



「あたし、もう‥あんたの気持ち、わかんねェよ‥っ」

「っ‥おい!ナマエっ」

「ごめん‥」




「おい、ミルクティー淹れ‥どうした?」

「ん?何が?」


普通に振り向いた、つもりだった。


「何が、あった」

「何もねェよ?」


涙は出ちゃいない。あたしは泣かない。そう、母さんが死んだ日に誓ったんだ。

いつものように笑いながら、後ろ手に窓を閉めた。


「黄金(きん)の魔女屋」

「何だよ、さっきから」


トラファルガーとの距離が縮まっていた。

その瞳を真っ直ぐ見据える。

トラファルガーの腕が伸びてきて、あたしの頬に触れた。ピクリ、と肩が上がった。


「泣いてんじゃねェか」

「は?バカじゃねェの」


本当に涙は出ていない。瞳が潤んでいる訳でもなく、あたしの瞳には曇りなくトラファルガーが映っている。


「泣いてる」

「だからどこが?」


声に苛立ちが混じる。

トラファルガーに、何がわかる?


「いや、何でもない」


湯気のたったミルクティーを渡された。

あたしはそれを受け取り、暫く動けずにいた。

トラファルガーがあたしの目を、捉えて離さない。


「‥ありがとう」

「あァ」


トラファルガーの視線が逸れ、あたしも視線を他へ泳がせた。

トラファルガーの言いたかったこと、本当はわかっていた。

だけど認めたくなくて、認められたくなかった。


「なあ、トラファルガー」

「なんだ」

「今日は寝れそうにねェや。付き合ってよ」


窓枠にもたれかかりながら、ミルクティーを口に含んだ。この船に来てから何杯目のミルクティーだろう。

トラファルガーはソファに座り、手近にあった本を広げた。


「俺は夜行性だ」

「ふは、だからンな隈ができんだよ」

「余計な世話だ」


トラファルガーは本に視線を走らせる。

あたしもその隣に行き、擦り寄るように側に座った。


「今日は月が綺麗だったんだ」

「月?」


あたしの独り言のような言葉にトラファルガーが視線を上げ、僅かな沈黙の中、二人の視線が絡まった。









月夜に揺れる
(泣くように波がたつ)









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