足りなかったもの


 
アイツが居なくなって、次の日の夜中。

もう2日も寝ていない。寝れねェんだ。


「キャプテン、コックさんが」

「あァすまねェ」


ノックもなしに入ってきたベポに湯気のたったコップを渡された。中身はホットミルクだ。


「ちゃんと寝てね」

「わかっている」


ベポを見送り、ベッドに腰を下ろした。

俺はこの船の船長だ。俺がしっかりしねェと、弱ってる暇はねェんだ。

一口、ホットミルクを口に含んだ。


「甘ェ‥」


いつも飲むのは決まってブラックコーヒー。甘いモンは苦手だ。

そういやアイツはいつも少し甘めのミルクティーを飲んでいた。

そんなことを思い出して、自嘲した。

俺ァどこまで落ちこぼれんだ。女一人に、狂わされてたまるか。

ホットミルクを一気に飲み干し、ベッドに身を沈めた。

2日も寝ていなかったのとホットミルクで、すぐに眠気は襲ってきた。

そのまま、隣の温もりを感じぬまま、静かに俺は眠りに落ちた。





 * * *





ガサガサと何かが動く?擦れる?音がする。

うっすら目を開けると窓から微かに日が差していて、それに包まれるように何かが目の端に光った。


「(あ、れは‥)」


考えるより早く、体が動いた。


「ふふ‥そんなに寂しかった?」

「バカ野郎‥」


金髪ごとその体を抱き締めた。

抵抗することなく腕の中に収まって、背中に白い腕を回してきた。

何も言わなかった。ただじっと抱き締め合っていた。

互いの呼吸を感じて、欠けていた温もりを感じて。


「俺の許可なしに出て行くなと言っただろう」

「帰ってきたじゃん。それにもともと帰る気だった」

「どんだけ心配したと思ってんだ」

「隈が余計深くなるほど」


ツー、と目の下を撫でられた。


「でもチャームポイントだろ?この隈」

「あァ?」

「んな怖い顔すんなよ。かっこいい顔が台無し」


ちゅ、と頬に唇が触れた。

なんでコイツはこんなに呑気なんだ。俺の心配は無駄だったっていう訳か。


「お土産買ってきたから、グラ饅」

「っ‥もういい。言うだけ無駄だ」

「ふふ、コーヒー淹れてきてやるからさ、一緒に食べよ」

「シャボンディ諸島へ行ってたのか?」

「ちょっと野暮用でね」

「‥用は済んだんだな?」

「今んとこはね」


白ひげの船に行った訳じゃねェのか。まあ、まだ白ひげと関わりがないかどうかはわからねェ。俺の思い過ごしだと、いいんだが。


「ブラックでいいんだよな?」

「あァ」

「不味くても許せよ。コーヒーなんて久しぶりに淹れんだから」


部屋を出ようとした、女の手を掴んだ。

少し驚きの色を見せて女は振り向いた。


「トラファルガー?」

「コーヒーはいい」

「ん?じゃあミルクティー?」

「いや」


腕を引き、ベッドに倒した。その上に跨がり見下ろした。


「やる気になったのか?」

「バカか」


その唇に唇で触れた。重ねるだけを何度も繰り返す。

首に腕が回ってきたのを合図に、舌を絡ませる。角度を変え、その口内を味わう。

長いキスだった。

唇が離れたときはお互い息が上がっていた。

そのまま、その体の横に横たわった。

女を腕の中に閉じ込め、目を瞑った。


「トラファルガー?」

「少し寝かせろ‥」


この温もりだ。これが足りなかったんだ。

何よりも心地よい、この熱を俺は欲していたんだ。


「おやすみ」


吐息混じりの声は、子守唄のように俺の耳をくすぐった。








足りなかったもの
(今ここにある)









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