朝早くに船を出た。
シャーナに跨がり向かうは、シャボンディ諸島。
朝の風は冷たく、容赦なく体の熱を奪っていく。
昨日洗濯したばかりの服は、トラファルガーと同じ匂いがした。
キュッと目を瞑り、シャーナにしがみついた。シャーナは賢い子。行き先を告げれば必ずそこに向かって飛んでくれる。迷うことなく真っ直ぐと。元々野生だったから、本能で動けるんだろうな。
「ホントに付近に止めてたんだな、船」
すぐにシャボンディ諸島は見えてきた。
手頃な場所に降りて、シャーナは縮まった。
「また呼ぶから散歩してきな」
バサッと羽ばたいた。
シャーナの羽音を背で聞きながら、あたしは“ある人”を探しに歩き始めた。
* * *
「こんにちは」
「‥また会えるとはな、思わなかったよ」
彼を見つけたのはだいぶ日が昇ってからだった。この広い諸島だ。今日1日で見つかったこと自体、なかなか上出来だ。
「“冥王”シルバーズ・レイリー」
「キミにそう呼ばれるとどうも他人行儀だな」
「あたしは母さんじゃねェんでね」
「それもそうだな」
豪快にレイリーさんは笑った。それからレイリーさんは近くのベンチに座り、あたしにも座るよう手招いた。
「ナタリーは元気なのか?賞金稼ぎをやめた、という話以来安否がわからんのでな」
「母さんは‥死んだよ」
「‥そうか」
あたしはレイリーさんの横に、一定の距離を保ったまま座った。カチャリ、腰のサーベルが音を立てた。
レイリーさんは、少しうつむいてしまった。
「良い女だった。強く気高く、信念のあるな」
「あたしも、母さんの意思は継いでるつもりだ」
「見ていてわかるとも。ナタリーと同じ目をしている」
「そりゃ最高の誉め言葉だな」
レイリーさんはまた豪快に笑った。
少し、あの人‥シャンクスに似ていると思った。
「シャンクスの言った通りの人だな」
「なんだ、シャンクスを知っているのか」
「恩人なんだ、シャンクスは」
シャンクスのお陰で、今のあたしがある。強さも、生きる力も、シャンクスが教えてくれた。あの日、海に飛び出した無謀なあたしに、手を差し伸べてくれた。
「あたしには、夢がある」
母さんと交わした、大切な。
「本当に愛する人を見つけること」
「‥ナタリーも、同じことを言っていた」
「あたしは‥母さんと、母さんが本当に愛した人との間にできた子だ」
母さんが叶えた夢の、結末。それがあたしだ。あたしは母さんの、夢だったんだ。
「あたしにも、叶えられる気がするんだ」
「ナタリーと同じ夢をか?」
「うん」
“本当に愛する人”
あたしにとってそれは、きっと“彼”なんだ。
「今日ここに来たのは、母さんの悔いを晴らしにだ」
「悔い?」
「あァ」
あたしは鞄から小さな箱を出した。
母さんがずっと気にしていたもの。返さないといけないもの。
「あんたに返したいって、手紙と一緒に置いてあった」
黄ばんだ封筒と箱を一緒に渡した。
レイリーさんは目を見開き、そっとそれを受け取った。
「ナタリー、これを受け取って貰えないかね」
「レイリー‥これは」
「返事はいつでもいいのだよ。ゆっくりでいい‥キミには自由が似合うからね」
手紙には一言、ごめんなさいの文字が。
レイリーさんは儚げに笑った。
「参ったなァ。20年も前のプロポーズの返事を今更受け取るとは」
「無下にはできねェよ。返事するまでが、プロポーズだろ?」
「それもそうだな。まさか娘から返事を受け取るとは思いもしなかったが」
「あたしは母さんの悔いを晴らしたかっただけだ」
レイリーさんはグビッと手に持つ酒を煽った。
それからコトン、と瓶をベンチに置き、空を仰いだ。
「レイリーさん‥一つ質問なんだけど」
「あァ、何かね?」
「麦わらは‥無事なのか?」
ずっと気になっていたこと。彼らはちゃんと、生きて旅を続けているのだろうか。
「生きてはおるだろう。だがどこに居るかまではわからん」
「何故?」
「バーソロミュー・クマによって、一味は崩壊させられてしまった」
何も言えなかった。
でも、生きてさえいるならば、またどこかで会えるはず。
「ありがとう、レイリーさん。今日あんたに会いに来て良かったよ」
「もう行くのか?」
「長居は無用だろ」
空に向け、手をかざした。
「名を、教えてくれないか」
「‥ナマエ」
「ナマエ‥良い名だ」
「母さんがつけたんだ。当たり前だろ」
「それもそうだな」
レイリーさんは豪快に笑った。
あたしも、とびきりの笑顔で別れを言った。
バサリ、シャーナは飛び上がった。
「ナタリー、キミの意思は強く生き続けてるよ」
錆びついたリング
(蘇る、あの日の記憶)