優しさに包まれたなら


 
ベポに船を案内してもらって、お礼にシャーナに乗せてあげて、釣りしてみたり甲板でお昼寝してみたり、あたしはずっとベポと居た。

トラファルガーの側に居たくないっていうのもあったけど、何よりベポが珍しくて可愛かった。ふわふわの毛がたまらない。

今は夕飯を食って、ベポと廊下を歩いてる。目的地はベポ(とその他数名)の部屋。


「ベポの奴羨ましいよなァ」

「俺もベポになりてェ」

「でもありゃ恋愛対象じゃねェだろ」

「つーか船長の女じゃ恋愛も何もねェだろ」


はあ、と一斉に周りから溜め息が聞こえた。

何故かこの船のクルーたちはあたしがトラファルガーの女だと思ってる。別にあたしとトラファルガーがどうこうしてるのを見た訳じゃねェのに。

勘違いされる分には別にいいんだけどな。


「ベポ、今日一緒に寝ていいだろ?」

「え、でもキャプテンは?」

「ベポには言っとくけど、あたしは別にトラファルガーの女じゃない」

「そうなの?」

「そうなの」

「でもキャプテンは魔女さんのこと好きだと思うよ」

「‥は?」


あまりにさらっと言うもんだから思わず足を止めてしまった。

ズシズシと前を行くベポに慌ててついて行く。


「なんでベポにンなことわかんだよ」

「なんとなく」


確かにお前が欲しいと言われた。だけど、それは好奇から来たものに決まってる。トラファルガーがあたしを好きな訳じゃない。


「ンな訳ねェよ」

「そうかなぁ?」

「そうだよ」


考えたくなかった。そんなこと。

あたしを欲しいと言った男はいっぱい居た。母さん譲りのこのルックスだもんな。プラス男好きって肩書き(正しくは強い男好き)もあるしね。

トラファルガーもそんな男共と一緒だと思いたかった。アイツと同じことを言っても、アイツと同じ目をしていても‥。


「はあ‥」


思わず溜め息が溢れた。

あたしはとんでもない男に拾われたもんだ。いっそ降りてしまおうか、こんな船。


「ベポ、あたし」

「おい、魔女屋」


ギクリ、肩が震えた。

振り返ると超不機嫌オーラを醸し出したトラファルガーが腕を組んで立っていた。


「どこ行くんだ」

「ベポの部屋」

「何故だ」

「一緒に寝る」

「誰が許可した」

「あたし」


負けじと強気に答える。これ以上トラファルガーに心を乱されたくはない。

トラファルガーはさらに不機嫌になり、眉間の皺がより一層深くなった。


「お前は俺と寝ろ」

「は?」

「聞こえなかったのか」

「聞こえませんでした」

「俺と寝ろっつったんだよ」

「やっぱり聞こえませんでした」

「消されたいのか」

「消せるもんなら消してみろ」


バチバチと火花が飛んだ気がする。ベポがひぃ!と小さく声をあげた。

睨み合うこと数秒、トラファルガーは小さく舌打ちをしてあたしの腕を掴んで歩き始めた。

「おい!」

「何が気に入らねェ」


歩きながら言うもんだから、表情は見えない。


「何って‥」

「言ったはずだ」

「何を」

「お前を惚れさせると」


どくん、また心臓が鳴った。

トキメキなんかじゃない。困惑、そう呼ぶのが一番適当かもしれない。


「あたしは誰にも惚れない」


鼻を鳴らして笑われた。腕を振りほどいてやろうかと思ったが、その前にトラファルガーの手の力が強くなった。能力を使えば振りほどけたろうが、できなかった。

ガチャ、と背後で扉が閉まった。部屋に入ると同時に腕はほどかれた。


「別に何もしねェ」

「あたしはしたい」

「遊びじゃねェならやってやる」

「あたしは本気にはならない」

「どうだか」


この余裕の笑顔が嫌い。アイツ、そっくりで。


「ベッドはお前が使え」

「あんたは?」

「俺はソファで寝る」


ドカッとトラファルガーはソファに腰をおろした。

不意に昨日のことが蘇ってきた。


「‥なんだ」

「一緒に‥寝ればいいだろ」


気づくとあたしはその腕を引いていた。

昨日の温もりが、幸福感が、忘れられなかった。無意識に求めていたのかもしれない。


「なんもしねェぞ」

「わかってる」


またトラファルガーは笑った。

あたしも笑ってやった。

温かい何かが、腹の底から喉まで込み上げてくる気がした。









優しさに包まれたなら
(胸を埋める温もり)









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