寄りかかる熱


 
トラファルガーに連れられ甲板に行くと数人のクルーたちがせっせと動いていた。


「あ!船長!」

「鳥はどこだ?」

「それが目ェ覚ました途端暴れて‥」

「飛んで行っちまった」


キャスケット帽子のクルーと、PENGUINと書かれた帽子を被ったクルーが答えた。

あたしは一歩前へ出ると


「シャーナは人見知りだ」


空に向かって手をかざした。

バサッ、羽音がしてすぐ真っ黒な大きな鳥が現れた。


「シャーナ!」


シャーナは船の淵に止まり、あたしに首をもたげてきた。

それに応えるように嘴を撫でてやると、気持ち良さそうに目を閉じた。


「主人に従順なんだな」

「躾が良いんだ」

「お前が躾たのか?」

「んー‥あたしっつーよりかは、あたしの言うこと聞くようにある人が躾てくれたんだ」

「ある人?」

「これ以上は秘密ー」


シャーナの頭を撫でながら、妖艶に笑う。

トラファルガーはすこぶる不機嫌な顔をし、「部屋に居る」と船内に戻ってしまった。

残されたあたしはクルーたちを振り返った。


「ありがとう、シャーナを診てくれて」

「あ、いや」


ニコリと笑ってみせると、クルーたちはこぞって頬を赤くした。


「一緒にお茶しよ、魔女さん」

「茶菓子もあんだろうな?」


ベポのふかふかの体に抱きつきながら、あたしとベポはテラスへと向かった。





 * * *





「トラファルガー」

「なんだ」


あたしはその日の夜、まだトラファルガーの船に居て、トラファルガーの部屋を訪れていた。

というか「俺の許可なしに船を降りることを禁止する」とあの後一度部屋を出てきたトラファルガーに言われてしまったので、助けてもらった義理ってもんもあるし、渋々あたしは暫くこの船に居ることにした。

本当はトラファルガーの側に居たくねェんだけどな。自分のペースを乱されちまう。


「ベポが呼んで来いって。飯だって」

「すぐに行く」


そう言ってトラファルガーはもう一度本に目を落とした。

あたしも好奇心が湧いて、トラファルガーの部屋を物色してみることにした。

‥しかしどれもこれも難しい本ばっかだ。頭痛くなりそう。


「よくこんなもん読めんな」


あたしはボフっとトラファルガーが腰かけるソファの、空いたスペースに座った。

ペラペラと適当に本を捲るが意味なんてさっぱりだ。

ふいに後ろから腕が伸びてきた。その腕はあたしの腰に回され、ぐっと体を引き寄せられた。


「お前はどこから来た」

「だから秘密だって」


トラファルガーは本から目を離さずに言う。あたしは腰に回された腕に自らのそれを重ねた。


「なんの目的で旅をする」

「さァ」


目的はちゃんとある。母さんとの約束、“本当に愛する人”を探すこと。

その目的で旅を始めて、もう1年以上もこうして旅をしている。その間“家”と呼べるあの場所には一度も帰っていない。


「あたしさ、男癖悪ぃの」

「みてェだな」

「楽しけりゃ遊びだっていいって思ってる」


“本当に愛する人”を探してる。嘘じゃねェ。だけど、本気で探しちゃいねェんだ。


「なりたくてこうなったんじゃねェんだよ?」

「どういう意味だ」


忘れたい、男が居るんだ。

どうしようもなく惚れて、どうしようもなく溺れて、本気で愛したいと思った男が居るんだ。


「ふふ、秘密」


ここまで言ったんなら、全て話しちまえばよかったのに。あたしは言えなかった。

言えば、“俺が忘れさせてやる”なんて願ってもねェ言葉が聞けたんだろうな。

けど、言えなかった。望んだ未来が手に入ったかもしれないのに。



「二度とお前を離さねェ」



忘れたくなかったのかもしれない。


「ご、めん‥」


誰に向かって言ったのかわからない。トラファルガーに対してなのか、アイツに対してなのか。


「‥」


あたしは襲ってくる眠気に身を任せ、トラファルガーの体にもたれかかった。

意識を手放す直前、唇に柔らかい熱が伝わった。








寄りかかる熱
(君は太陽のように温かかった)









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