ほろ苦い記憶に燻る心


 
「じゃあ白熊くんはベポっつーんだな」

「うん。魔女さんの名前は?」

「それは秘密」


あたしはトラファルガーの船のクルー、白熊くんのベポが持って来てくれたシチューにスプーンを入れた。

トラファルガーは椅子に腰かけ、食事中のあたしをまじまじと見てくる。

そんなのもお構い無しにあたしはシチューをすすった。


「あたしは何日ここに居た?」

「丸一日ってとこかな」

「ここはどこ?」

「ハートの海賊団の船」

「違ェよ。船はどこにあるんだって聞いてんの」

「ここはまだシャボンディ諸島の近くだ」


ベポとあたしの会話に、トラファルガーが割って入ってきた(正直ベポと話すよりコイツと話した方が早ェけど)。


「停泊してるだけだからな。すぐ諸島に戻る」

「ふーん。ま、なんでもいいや」


あたしは最後の一匙のシチューを飲み干した。律義に、ごちそうさまでした、と手を合わせた。


「黄金(きん)の魔女屋、俺からも聞きてェことがある」

「なに?」

「次に会ったら、お前の正体を教えてくれるんだろ?」

「はは、そりゃ駄目だ。不可抗力だもん」

「あ?」

「あたしの能力について知れただけいいと思いな」


これは母さんとの約束だから。

母さんの生き方だったから。


「遊び相手の素性なんて野暮でしかねェだろ?」

「‥何のつもりだ」

「ふふ、あたしは強い男が好きなんだ」

「そりゃ良い趣味だな」

「だろ?」


トラファルガーの首に腕を回す。眉根動かさず、トラファルガーはあたしを見据える。

唇を近づける。ドレークのときのように、反らされることはなかった。

ちゅ、と短いキスをした。


「良いこと、しない?」


あわわ、とベポが出て行った。

バタンと扉が閉まる音がして暫く、あたしとトラファルガーはお互い目を反らさずにいた。

もう一度唇を重ねようとしたとき、あたしはトラファルガーに押し倒された。

ボフン、と枕が跳ねた。


「残念だな。俺はお前とやる気はねェ」

「‥ドレークといい、あんたといい。ホントに健全な男?」

「俺はお前と遊びでやる気はねェ」

「‥どういう意味?」


トラファルガーはニヤリと不適に笑って


「俺はお前が本気で欲しい」


バカじゃねェの。

いつものように強気であろうと思った。

だけど、その目が‥

アイツと同じだったんだ。


「俺の船に乗れ。黄金の魔女屋」

「や、だ」

「ふふ‥いつもの強気な態度はどうした?」


駄目だ。完璧トラファルガーのペースに持ってかれてる。

あたしはなんとかいつものように笑った。


「あたしは誰のもんにもならねェ」

「ならさせるまでだ」

「どうやって?」


またニヤリとトラファルガーは笑って、あたしの右の耳たぶを甘噛みした。


「惚れさせてやる」


「惚れさせてやるよ」


アイツの言葉が、重なって聞こえた気がした。

ドクン、ドクン、と胸の鼓動が早足になる。


「っ‥」


あたしはトラファルガーの胸を押し返した。

ふぅ、と小さく息を吐いて


「簡単には惚れねェよ」


いつものように笑ってやった。







ほろ苦い記憶に燻る心
(蘇ったあの日の君に)










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