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シンクが開けた扉が完全に閉まったと同時に、背後からバサッっと大きな音が聞こえてきた。
彼を呼び止めようと大きく開いた口は言葉を発することなく閉じられ、私の視線は再び窓の外へと移行する。
音の正体は先ほどの魔物だった。
その魔物から、ストン、とピンクの髪の可愛い少女が飛び降りる。
この子がアリエッタ…連れ去られる時は遠くてよくわからなかったが、ああ、この子はやはりライガクイーンの時の夢に出てきた女の子だ。
まじまじと彼女の顔を見ていると、アリエッタと思われる少女が私の方へとかけてきた。
「ヒトミさん!!」
アリエッタは私の名前を呼びながら勢い良く私の胸の中へとダイブする。
まさか彼女がそんな行動に出るとは思わず、咄嗟に広げた両手では支えきれずにアリエッタを抱きしめたまま後ろへ倒れ込んでしまった。
「あ痛たたた…」
「あ、ご、ごめんなさい…です!」
私が痛がっているのをみて、アリエッタは弾けるように私から離れた。
私のそばに座り込み、おろおろとしている姿がなんとも言えず可愛い。
「もう大丈夫、もう痛くないから!そんな悲しそうな顔しないで?」
腰をさすりながら起き上がり微笑むと、涙目になっていた彼女も安心したのかニッコリと微笑みを返してくれた。
「ところで、私はどうしてこんなところに連れてこられたのか…聞いてもいいかな?」
時計がないので正確な時間はわからないが、連れてこられてずいぶん時間が立っている気がする。
きっとイオンたちが心配しているだろうから、できればそろそろ御暇したい。
そもそも、タルタロスを襲ったのって確かこの子たちじゃなかった?
イオンを狙って襲撃してきた…はず。
私の記憶がただしければだけど。
「ごめんなさい…アリエッタ、ヒトミさんにお礼が言いたくて。でもどうやって話しかけたらいいのかわからなかった…です。」
だから強引なやり方だったが、私を連れ去ってしまったという。
ごめんなさいと謝る彼女の表情は、本当に悪いと思っている人のそれだ。
お礼を言われる覚えは全くなかったが、反省している子を怒るほど人間出来ていないつもりはないので、小さくため息をついてアリエッタの髪の毛をナデナデしてみた。
猫のように目を細める仕草が可愛らしい。
「私、あなたにお礼を言われるようなことしたかな?ごめんね、ちょっと覚えがなくて…」
「・・・ヒトミさんは、アリエッタのママを助けてくれた…です。」
「え!?えっと、あなたのお母さんを助けた覚えはないんだけど…」
まったく心当たりのない私は頭に疑問符を浮かべるばかりだったが、アリエッタから自分のママはライガクイーンであることを告げられる。
はじめは驚いたが、あの時、夢でこの少女とライガの光景をみたせいか、なんとなくストンと落ちてきた。
人間の世界でも狼に育てられた子供が居るくらいなんだから、この魔法が存在する世界でも魔物に育てられた子供が居てもおかしくはないだろう。
いや、魔物から生まれたのかもしれないが。
にしても…この子がライガクイーンの娘だったとはね。
確かにジェイドが譜術を放ったあの時、あの攻撃でライガクイーンが殺されてしまうって私も思った。
夢の中の少女…アリエッタなわけだが、その子が悲しむのだけはダメだと思ってライガクイーンをかばったのは確だ。
だけどあの時の攻撃は結局盲ましか何かだったはずである。
だって私もクイーンも無傷だったんだから。
だから私にお礼を言う必要はないのだ。
「違う…です。ママが言ってました。ヒトミさんは選ばれた人なんだって。ヒトミさんが望めば、どんな力も無効化するんだって。その力で助けてもらったんだって、そう言ってた…です。」
「え、ちょ、ちょっと待って!選ばれたって何?えっと、私にそんな力はないよ?」
展開がおかしくなってきたぞ!
私にはそんな力がないのは今更考える必要もない事だ。
異世界から来たってのはちょっとかなり信じがたい事実ではあるけど、日本では普通の女子高生で変な力なんて持っていなかった。
こっちに来てからだって、いっつも守ってもらってて魔物一匹倒せた事はない。
そんな力をもし持っていたとしたら、今頃どんどこ使ってみんなの役に立っているはずだ。
「そんなはずないです!現にアリエッタのママはヒトミさんのおかげで殺されずにすみました。ヒトミさん、気づいてない…ですか?」
不安そうに私を見上げてくるアリエッタに、私は何も言えずに黙り込んだ。
気づいていない?
私が何か力を持っていることに?
そんな馬鹿なと思いつつ、胸に引っかかりを覚えたのも確かだった。
だって、もし私が本当に何かの力を持っていたのだとしたら、あの時夢でみた女性が「助けて」と言ってきたのにも納得がいく。
それに、ジェイドの性格を知った今、あのジェイドがライガクイーン相手に盲ましなど使うだろうかという疑問も今更ながら湧いてきた。
そうだよ、あのジェイドがそんな生ぬるい攻撃を仕掛けるとは思えない。
もしかして本当に、私にはなにか特別な力があるというのだろうか…
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