「ねぇ、なんかお話しませんか?」

彼がこの場に残ってくれてしばらく、私も怖がっていたって言うのもあるけど、無理やり引き止めたせいか、会話がまったくなかった。
しかも、いてくれるのはありがたいがこの人、仏頂面で私を睨んでるんだもん。
違う意味で怖い。
ここは勇気を振り絞って会話をするべきと思い、すごく緊張しながら話しかけた。

「あんたと話すことなんて無いね」

しかし結果はスパッと切られて終わりました。
うう、断るにしてももう少し迷ってくれたっていいじゃない!

でも、会話がないこの状態に耐えられそうにない私は、聞かなかったことにして再度チャレンジする。

「あ、じゃあ名前教えてください!私はヒトミといいます。あなたは?」

「なんで僕があんたなんかに名前を教えないといけないわけ?」

て、手ごわい!
でも、まったくの無視じゃないことに私は少し嬉しくなった。
憎まれ口でも返してくれるんだから、お話できる望みはあるよね!

「あんたじゃなくてヒトミです!名前知りたいですよ。だって、そしたら私はあなたをなんて呼べばいいんですか?」

「意味がわからないね。僕の事を呼ぶ必要なんかないだろ。」

「え?だってこうして話してるんだし、必要でしょ?」

「それが必要ないって言ってるんだけど。あんた馬鹿なの?」

手強いのはわかっていて話しかけていたのだが、この馬鹿発言には少しカチンとた。
私はただ、この重たい空気をどうにかしたくて、怖いけど頑張ってお話しようと思ったのに!
そりゃ、迷惑なのは分かってて話しかけてた私も悪いけど、そこまで言うかそこまで。

「必要あるでしょ!!今だって会話してるじゃない!!馬鹿なんてひどいよ!」

「あんたが馬鹿じゃなければなんなの?」

「だからあんたじゃなくてヒトミだってば!」

「だからあんたの名前なんて呼ぶ気はないって言ってるだろ!」

「呼んでみてくれたっていいじゃん!なんでそんなに頑ななの?いいから教えてよ名前!」

「馬鹿は休み休み言ってよ。」

「また馬鹿って言った!馬鹿って言ったら自分が馬鹿なんだからね!」

「それが馬鹿だって…って、ちょっと、なんで笑ってるのさ」

文句を言いあっている最中だったが、途中からだんだん面白くなってきた私は、怒ってたのも忘れて、思わず「ぶっ!」っと笑出してしまった。
しかも、私がいきなり笑出したのにびっくりしたのか、彼の表情が今までの怖い顔から変な物を見るような顔になる。
それがまた面白くて、さらに声をあげて笑ってしまう。

そんな私を、変人でも見るような顔で見てくるからたまらない。

「ごめんごめん、こんな低レベルな言い争いは久しぶりで…なんだか楽しくなってきちゃって」

目に薄っすらたまった涙をぬぐいながら言うと、彼は大きなため息をついた。

「僕の名前を知ってどうするわけ?」

「どうって、どうもしないよ。あなたを名前で呼びたいだけだよ?」

そう言って彼をみたげた私の瞳をじっとみつめる。
基本的に自分からは瞳をそらさない性格なので、しばらくの間じっと見つめあっていた。
先に視線を外したのは彼で、また一つため息をついた彼は、めんどくさいと言うように「シンク」とつぶやいた。

「シンク?」

言葉の意味がわからずに繰り返すと、眉間にシワを寄せてものすごく嫌そうな顔をする。

「しりたかったんだろ」

その言葉で、ようやく今のが彼の名前だと気がついた。
わかり難いよ!!!

「シンク!わ、嬉しいー!私はヒトミね、よろしく!」

嬉しくて胸の前で手を合わせて喜んでいると、シンクが「何度もきいたから」と呆れた顔をしていた。


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