9:イオンside
イオンは、兵士二人に囲まれて身動きが取れないでいた。
ジェイドをはじめ、みんながイオンの事を助けようとしてくれているが、自分の事よりもヒトミの事が気がかりで仕方がなかった。
アニスは新書を持ったままタルタロスから外へ放り出されたが、彼女の事だ。きっと無事に合流予定のセントビナーへと向かっているだろう。
だが、ヒトミは戦いを知らない、ただの女の子なのだ。
「ああ…ヒトミ…どうか無事でいてください…。」
そう、つぶやいた時、「ガイ様華麗に参上」と、ガイと名乗る金髪の男性が空から降りてきて、イオンを兵士から開放した。
驚いているうちに、次々と兵士を薙ぎ払っていく。
新たな見方の出現に、リグレットが怯んだ一瞬のスキを見逃さなかったジェイドは、アリエッタを拘束して、彼らをタルタロスの中に収容することに成功をした。
ガイと名乗った人物は、戦いが終わると、急いでルークの元へと走っていき、その光景を横目に、イオンはジェイドの元へと急いだ。
「イオン様、アニスとヒトミがどこにいるかご存知ですか?」
「アニスは新書をもったまま窓から外へと放り出されました。ただ、遺体がないと話しているのが聞こえたので無事でいてくれてると思います。ヒトミは…わかりません。兵士に気絶させられて連れて行かれました。まだ、きっと船の中に…」
そう言って、イオンは船を見上げる。
兵士たちに、何度かヒトミのことを訪ねたけれど、気絶させて連れていったとしか教えてはもらえなかった。
「女を殺したら、導師が言うことをきかなくなるかもしれない」と言う兵士の話声が聞こえたので、きっと、きっと無事で居てくれてると…今は信じるしかない。
しかし、気絶させられた後どこに連れて行かれたのかもわからないし、事情を知らない兵士がたくさんいる船の中で、どのような状況に立たされているのか想像もつかない。
戦いのない、魔物も居ない平和な世界で暮らしてきた彼女をこんな危険な世界に巻き込んでしまい、その上こんな危ない目にまであって、彼女は今どんなに心細いだろう。
ヒトミは、身分関係なく、一人の人間として接してくれた初めての人であり、こんな自分の事を好きだと言ってくれた心の優しい人だ。
そんな人に何かあったらと、不安はますます大きくなっていく。
「それなら、セントビナーへ向いましょう。アニスとの合流先です。」
「な、ジェイド!!!」
ジェイドのセリフを聞いて、イオンは目を見開いた。
疑問をもったのはイオンだけではないようで、ルークも同じように目を見開いていた。
そして、彼は、ジェイドの胸ぐらを掴んで怒鳴り声をあげる。
「はぁ?じゃあヒトミはどうすんだよ?まだ船の中にいるんだろーが!」
「おそらく無駄でしょう。さ、今のうちに行きますよ。早くしないと追っ手が来ます。」
そう言って自分の胸ぐらをつかんでいたルークの手をなぎ払ったジェイドは、急ぎましょう、と歩き出す。それをルークが追いかけて、今度は腕をつかんだ。
「なにが無駄なんだよ、早く助けにいかないとヒトミがあぶねーだろ!!なんで置いていこうとするんだ!!」
無言でルークを睨むジェイド。
いつもなら仲裁に入るティアは目を伏せていて…。
「生き残りがいるとは思えません。証人を残しては、ローレライ教団とマルクトの間で紛争になりますから。」
メガネをクイッとあげて、「さぁ、分かったら行きますよ」と再び歩き出す。
ルークは意味が分からずにほうけていたが、ジェイドの言わんとする意味が分かったイオンは、拳をギュッとにぎった。
「ジェイド、すみません、それでも僕は、僕はヒトミを置いて行くことなどできません。」
「イオン様、御自分が何をおっしゃっているのか分かっていらっしゃいるのですか。あなたの役目は?つらいでしょうが、逃げなければ我々も危ういのです。」
ジェイドの言っていることは、上に立つ者のとしては正しい判断だ。
でも、ヒトミが生きているかもしれないのに、辛い目にあっているかもしれないのにそんな彼女を置いて自分だけ逃げるなんてことは到底できない。
それに、こんな気持ちのままここを離れても、きっと自分の役目を果たす事などできないだろう。
「それでも、こんな危険な事に彼女を巻き込んだのは僕なんです。彼女はとても心の優しい素敵な女性です。本来ならこんな争いに関わっていいような方じゃないんです。それが僕のせいで…。危険なのは分かっています。ですが、僕はヒトミを助けたい。」
必死にジェイドに抗議するけれど、ジェイドの瞳は、イオンを冷たく見下ろしたままで…
それはそうだろう、ジェイドはマルクトの民すべての運命を背負ってここにいるのだから。
イオンのわがままで、多くの民が犠牲になるかもしれない。
それはここにいる誰もが分かっている事だ。
(でも…ヒトミ!僕は…!!)
「あのー、お取り込み中のところ悪いんだが…」
イオンとジェイドが次の言葉を発せずに見つめ合っていると、ガイと名乗った男性が話しかけてきた。
振り向いて彼をみると、複雑そうな表情をされていて、人差し指で頬をかいている。
「大変、申し上げにくいんだがね、お二人さん。もしかして…あんたたちが言っているヒトミって女の子って、あの子のことじゃないかい?」
頬を触っていた人差し指が、スッとタルタロスの方へと動き、その指を追って船尾に目を向けると、そこには…
縄梯子で必死に船から降りているヒトミの姿があった。
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