チーグル

ルークに急かされて、私たちはずいぶんと森の奥まで入ってきていた。
時々、魔物の声が森に響き怖いと感じることはあるが、森の奥だけに空気が澄んでいて気持ちいい。
流れる川のせせらぎが心地よく響き、青々と茂る木々が目に優しかった。


4人で雑談をしながら奥へ奥へと進んでいた。
ルークとイオンの掛け合いが面白く、ティアと二人で笑いあいながら歩く。
イオンの優しさに触れて、ルークが居心地悪そうに照れているのがたまらなく面白かった。

(内心すごくうれしいんだろうな、ルーク。)

ニヤニヤ笑っていると、視線の先に赤い物が映った。
なんだろうと近づいてみると、その赤い物はリンゴで…

「それ、エンゲーブのリンゴじゃねーか。焼印がついてるぜ」

「じゃあこの近くにチーグルが?」

キョロキョロとあたりを見回すが、それらしき動物は見当たらない。
動物は見当たらないが、代わりに何千年生きているのかわからないような大きな木が目に入った。

「うわぁ大きな木!」

木のてっぺんを見ようと顔を上げるが、見えるはずもなく、分かったことはとんでもなく大きいという事。

「根元に穴が開いています。おそらくここはチーグルの巣で間違いないでしょう。彼らは木の幹を住処にしていますから。」

イオンの台詞を合図に、私たちはゆっくりとその穴へと足を進めた。

怖いなぁ。
そう思いながら最後に穴へと入る。
薄暗くて周りがあまり見えず、ゆっくりゆっくりと進んだ。

「あんま足場よくねーから転ぶなよ!」

ルークが先頭で注意を促すが、そんなことは言われなくても分かっている。
分かっているが実際コケないように歩くのは難しく、むしろ注意より方法を聞きたかった。
ひーひー言いながらついて行くが若干遅れ気味。まってよーと声をかけながら進んでいると、ふっと温かい物が右手に触れる。

足元を見ながら進んでいたので、何事かとびっくりして顔を上げると、心配そうなイオンの顔が目に入った。

「大丈夫ですか?僕でよければ…」

やわらかく握られている右手。
心配そうにしてくれているイオンと、もう手を握られてるし振りほどくのもどうかと思ったので、「ありがとう」と一言告げてお願いすることにした。

イオンが手を引いてくれるおかげで、さっきよりはずいぶんスムーズに足が進む。
時折木の根が出ているところは注意してくれるし、なんか男らしい一面を見たなって思った。
ほら、イオンって女の子みたいな顔しているじゃない?
初めて会った時もどっちか迷ったし。
まぁ、私の服を着たイオンは、以外に肩幅とかあって男の子だなって思ったけどさ。
今のワンピースのようなローブを着ているとやっぱり中性的な感じが否めない。
でも、

「ちょっと恥ずかしいね」

そう声をかけると、イオンが不思議そうな顔をして振り返った。

「なにがですか?」

「ん?あたし男の子と手つないだことなんてなかったし。なんか、ちょっと照れる。」

つないだ右手を軽くゆさゆさと左右に揺らし、はにかんだ笑みを浮かべた。
結構本気で恥ずかしくて、自分でも自分の顔が赤くなっているのが分かる。
よかった、ここが洞窟の中で!外だったら絶対顔赤くなってるのバレるもん。

「すみません!えっと、迷惑でしたか?」

「迷惑なんてあるわけないじゃん!!うれしいって話!」

そう言ってにっこり笑うと、イオンも嬉しそうににっこり笑った。


みゅう。みゅう。


そんなほのぼのした空気を緊張に変えたのは、チーグルであろう動物の鳴き声。
内心可愛い声がする。と思ってしまったのも事実だが、動物の巣に侵入したのだ。可愛い声だろうと怖い声だろうと関係ない。
どんな動物なのかとドキドキしていたら、奥のほうから声が聞こえてきた。

「お前たち、ユリア・ジュエの縁者か?」

言葉とともに、暗闇に無数の光が散る。
瞬きをするように消えたりついたりする光は、おそらくチーグルたちの目だろう。
「ひっ」という声をあげて私が一歩下がると、すっとイオンが私の前にでる。
ルークたちはその数歩前のほうで、戦闘態勢に入っていた。

暗闇から何かが近づいてくる。
大木の隙間から光が差し込んでいる場所へ出てきたそれは、小さな体の小さな生き物だった。

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