第一章 1

鈴原瞳は困っていた。
それはもう誰がこの状態でもきっと困るだろう事態に追い込まれていた。
何をそんなに困っているかって?
これが困らずにいられるはずもないだろう。

先ほどまで道を歩いていたはずなのに、水たまりに足を取られて転倒。
びっくりして目を閉じたはいいが、開いてみたら知らない風景がひろがっていたのだから。

「私、さっきまで本屋にいて・・・本屋を出たところに出来ていた水たまりを飛び越えようとしてできずにこけたんだよね?」

それがどうだ。
右を見ても左を見ても綺麗な緑の芝生が続いており、芝生が切れて地面が見えているのはきっと道路だろう。
その脇を青々とした木々がところどころに植わっている。

「まるで・・・夜にN○K番組であってるイタリアの田舎旅に出てくる風景のようだわ・・・」

さらに今自分は、小さな池のようなものに浸かっている。
今は夏で寒くはないのだが、このまま浸かっているのも気持ちが悪いので、とりあえず出ることにした。
持っていたカバンももちろん池に浸かっていて、中を覗くと今買ったばかりの本もぐしょぐしょだ。
毎月楽しみにしている小説雑誌の発売日だったので、朝一番に書店によって買ってきたのに。
大学の講義にはまだ時間があったので、それまでの間読もうとわくわくしていたのに。

「うえー、読むの楽しみにしてたのにこれじゃもう読めないようーって、そうじゃなくて!!」

雑誌の事は今は置いておいて、それよりもこの状況である。
カバンの中に入っていたスマートフォンを手にとってみた・・・が、水に濡れて壊れてしまっている。電源すら入らない。
これではGPS機能も働かないだろうから、家族が探しに来てくれる可能性も低いだろう。
こうなれば、ここでじっとしていても仕方がない。
状況がまったくわからないけれど、誰か人に会ってここがどこなのかを確認しなければ。
そう思っていると、遠くの方から何かが近づいてくる音が聞こえてきた。
日常では馴染みのない音だが、時代劇なんかで聞いたことがある。

「馬の走る音・・・?」

音のする方角を探して周りを見渡すと、道らしきものの先から、二頭の馬が走ってくるのが見えてきた。

「あ、本当に馬だ!あれって人が乗ってるんだよね?ちょ、ここがどこなのか教えてもらわなきゃ!」

地面に置いていた鞄を肩にかけて走りだそうとしたのだが、馬の様子がなんだかおかしい。
道からそれて芝生の方へと入ってきた。
さらにこっちに向かってきているような気がする。
馬の足って早いのね。
なんて思っている間に、気づけば二頭の馬が私の目の前までやってきてブルンっといなないて停止した。
驚きつつも馬に乗っている人物を見てみると、一頭には薄茶色の軍服のような服を着た優しそうな笑顔のお兄さんと、学ランを着た男の子が相乗りしている。
それから、もう一頭にはピンクのドレスをまとった・・・筋肉マッチョな・・・え!?女の人?????
オレンジ色の綺麗な髪の毛のマッチョなお姉さんが乗っていた。
目を丸くしてお姉さんを見ていたら、その三人が馬を降りて私の目の前にやってきた。

『なんかこの子、グリ江ちゃんガン見してない?』

『いやーん。グリ江に惚れちゃったのーん?グリ江ったら罪作りなんだからーん!』

なにか知らない言語で話をしているが、とりあえずマッチョなお姉さんがくねくねしてて目が離せない。
な、なんかすごいものを見ている気がするんだけど、言葉違うから外国?
ここ外国?
外国の女の人ってみんなこんな感じなのかな・・・・
え、そんなわけない!私の大好きなアメリカ歌手はもっとスレンダーでボンキュッボンだもんって、この人もある意味ボンキュッボンだわ!

相変わらずマッチョ女子をガン見しながらグルグル考えていると、軍服を着たお兄さんが口を開いた。

「How do you do? I am Konrad. Can you speak English? 」

「えっ!?英語っ!?」

私英語嫌いで日本文学専攻の大学に行ったのに、こんな英語が必要になる状況になるなんてっ
知ってたら頑張って英語勉強してたわよー!っ

え、えっと、はうどぅーゆーどぅーって聞いたことある・・・けどなんだっけ。
あいあむこんらーとって事は、この人はコンラートさんっていうのかな?
えとえと、きゃんゆーすぴーくいんぐりっしゅは英語が話せますかーだった気がするからえっとえっとここはあれや!

「あ、あいきゃんのっとすぴーくいんぐりっしゅ!でもえっと名前…えとねーむ!は、あいあむ瞳鈴原!」
中学程度も覚えてない分かる範囲の英語を頑張って引っ張り出して伝えたのだが、言った瞬間、コンラートと名乗ったお兄さんが「ぶっ」っと音をたてて笑いだした。
あれ?なんで笑ってるのこの人!なんか私間違えたかな?

『陛下、彼女は日本人ですね。』

『あ、うん、そうみたいだね。よかった日本人で!これなら言葉が通じるね!』

コンラートさんと学ランの男の子が何か話したあと、学ランの子が私に向き直る。
どうしよう、どうなるんだろと不安になって、持っていた鞄をぎゅっと抱きしめて一歩下がった。

「はじめまして鈴原瞳さん。俺の名前は渋谷有利。俺たち決して怪しい者じゃないんだ。えっと、実は君を向かえにきたんだよ」

「あれ!?日本語だ!」

「そう、俺も日本人。ちょっと複雑な事情があって・・・鈴原さん、いろいろ驚いてるだろ?今。」

「あの、ということはやっぱりここは日本なんですか?」

「ううん、話すとちょっと長くなるんだ。日本ではないことは確かなんだけど・・・とりあえず鈴原さんもびしょ濡れだし、俺の家へ来てもらってもいいかな?」

正直ものっすごく怪しい。
ついて行っていいものだろうか。
でも・・・
日本じゃないってどういうこと?
それに、いきなりこんなヨーロッパのようなところに来てしまっている理由が知りたい。
この申し出を断ってここに一人でいるわけにもいかないだろう。
さっきこの人たち私の知らない言葉で話してたし・・・英語も話せないのに、一人で行動したほうが危険かもしれない。

「わ、わかりました。連れていってください。」

「ん、ごめんね、悪いようにはしないから。」

そう言うと、渋谷君は後ろに控えていたコンラートさんとお姉さんに何か話しかける。
すると、二人が私の前へとやってきた。

「えっと、ここから家まではちょっと距離があるんだ。この二人のどちらかと相乗りしてもらわないといけないんだけど…どっちがいいかな?」

「え、どっちて...」

馬は二頭しかいないから、必然的に二人乗りだそうだ。
渋谷くんは一人では馬に乗れないらしく、コンラートさんかマッチョ女子のどちらかに乗ることになるということらしい。

「馬って私乗ったことないんだけど...」

「あ、それは二人とも馬の扱いに慣れてるから大丈夫だよ。」

えー、すごい究極の二択。
馬に乗るって、さっきの渋谷君みたいに運転手にひっついておかないといけないんだよね?
だったら男の人より女の人のほうがいいから、マッチョなお姉さんかなー

「えと、だったらお姉さんにお願いします」

そう言うと、渋谷君はくるりと後ろを振り返って二人にそれを伝えた。

『グリ江ちゃんご所望です』

『え、俺ですかぁ!?で、でもぉグリ江ー、初めての人は緊張するっていうかぁ〜』

渋谷君にがお姉さんに何か言ってるのが聞こえるが、なんの話をしてるのかよくわからない。
選べていったのになにか問題でもあるのかな?

「え、だめだった?」

「ううん、だめじゃないよ。グリ江ちゃんでいいんだね?」

「あ、お姉さんはグリ江さんっていうの?」

渋谷君が頷いたので、私はグリ江さんに向き直って「お願いします」と頭を下げた。
言葉は通じなくても、態度で分かってくれてると思う。
グリ江さんは一瞬目を広げ、そのあと困ったように頭を掻いたあと『仕方ないですねー』と、何かつぶやいてにっこり笑っておじぎを返してくれた。

馬には触ったこともないので、乗せてもらうだけなのに一苦労だ。
渋谷君は慣れているのだろう。先にひょいっと馬に乗って、そのあとにコンラートさんが馬に飛び乗った。
コンラートさんが大きいので、渋谷君も横に並んだ時は背が高く感じたのに、まるで王子と姫のように見える。
コンラートさんの腕の中にすっぽりと収まっていて・・・
って、渋谷君に失礼ですねごめんね!

私はというと・・・

グリ江さんが私を先に馬に乗せてくれようとするんだけど、馬の扱いが全くわかってないので、乗せてもらっても馬が嫌がって動くのでそのたびに落ちてしまう。

きゃーきゃー声を上げながら必死にグリ江さんにしがみついちゃうからうまくいかなくって・・・

するとグリ江さんが先に馬にひょいっと乗った。
呆れられて置いて行かれるのかもって一瞬悲しくなったんだけど、悲しく私の表情をみたグリ江さんが「ふっ」と破顔する。
え、なんか今の表情...かっこよかった!
グリ江さんは女の人なのに、男の人のようなマッチョな体型のせいだろうか…
恥ずかしくなってうつむくと、『ほーら、手を貸してください。引っ張り上げますから』
グリ江さんから知らない言葉で話かけられる。
馬に乗った彼女を見上げると、右手を差し出している。
手を出せと言うことだろうか?
グリ江さんの右手を左手でつかもうととしたら、逆に手首をつかまれた。

『少し荒いですが、いきますよー』

「きゃあ!」

そしてグイッっとすごい力で持ち上げられて、気がついたらグリ江さんの前の位置に馬にまたがらせてもらっていた。
ちょっと腕が痛かったけど、無事に乗馬出来たことに安堵する。
よかった。見捨てたれた訳じゃなかったのね!

『陛下、言葉が通じないので通訳お願いしてもいいですかー?』

『おっけー!グリ江ちゃん。なんて伝えればいいの?』

『いやぁ、今無理矢理腕引っ張っちゃったんでぇ、すみませんでしたって伝えてくださいませんか?』

グリ江さんと渋谷君が何か話していたが、会話の途中だろうに、渋谷君が急に私を呼んだ。

「鈴原さん!」

「え、なぁに渋谷君!」

「グリ江ちゃんが、腕引っ張ってごめんねって伝えてだってー!」

渋谷君に言われて、顔だけ振り返ってグリ江さんの顔を見ると、申し訳なさそうな顔をしていた。
私が上手く乗れなかったのが悪いのに、なんて優しいの!!
言葉では伝わらないので、私は言葉のかわりに顔をブンブンと左右にふった。
そして、ありがとうの気持ちを込めて、ニッコリと微笑んだ。


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