吉川綾人17歳。彼は、少し、ちょっと・・・いや、多少小柄なだけの至って普通の男子高校生である。得意の陸上で寮のある高校に進学し、勉強に部活に寮生活にと、毎日忙しく、しかし楽しく充実した高校生活を送っていた。
そんな綾人の日課は、早朝に学校の周辺を走ることである。その日も変わらずランニングへと繰り出しており、朝の5時という時間の空はまだ薄暗く、月がぼんやりと見えていた。
幻想的だなどと思いながら走っていると、急に右目に痛みを覚え、足を止めた。
海辺を走っていたため、砂でも入ったかと瞬きを繰り返してみたが、涙も、砂も出てくる気配がない。さらに、痛いと思ったのは一瞬で、目の痛みはすぐに引いた。
なんだったのだと思いつつ、立ち止まっていても仕方がないので走るのを再開したのだが、ふと月を見ると、さっきまであったような無かったような…。月の横にひときわ輝く赤い星が見えた。いくら薄暗いと言ってもすでに朝で、他に星らしき光は見当たらない。
月より明るく光るその星を奇妙な気持ちで見ていると、背中にバシッと言う音と共に衝撃があり、続いて「はよっ!」と元気な声が聞こえてきた。
聞き慣れた声の主に振り向くと、そこには予想通りの人物がいた。

「よう綾人!空を見ながら走ってたら危ないぞ。」

「はよっ。いや、ちょっと空が気になるお年頃でっていうか、いーちーかーわー!いきなり叩くなよ!びっくりするじゃん!」

市川満。彼は綾人と同じ陸上部に所属するクラスメイトだ。
まだ高校2年生だというのに、180cmもある身長に、身体の半分はあるだろう長い足。一見華奢に見える手足には、硬い筋肉が浮き出ていて、陸上をするにあたり、とても理想的な体形をしている。
小柄の綾人と横に並ぶと、とても同じ歳には見えないため、実はちょっぴり微妙な気持ちになることもあるのだが、優しくておおらかな性格の彼は、誰からも好かれる「イイヤツ」で、綾人も例にもれず市川の事をとても気に入っていた。
2人の通う北条学園という高校は、「文武両道」を校訓に、周りに娯楽のないド田舎に建てられている。
そのため、通う学生のほとんどが寮生活であり、綾人もその中の一人だった。このランニングコースはその寮生が利用する定番のコースで、こうして友人と出会うことはよくある。そんな時は、他愛のない話をしながら、寮まで戻るのだった。
ランニングが終わったあと、寮に帰り、シャワーを浴びて学校へと向かった。
登校中に再度市川に会い、「またお前かよ〜」と嬉しそうに言う市川に、頭突きという愛情表現をかましながら昇降口へと入る。そして、下駄箱を開けて靴を取り出そうと手を伸ばしたのだが…

「痛っっ」

ランニング中に起こった時のように、また右目が痛み出した。今度は朝とは違い、中々痛みはひかない。今まで埃や睫毛が入った事があっても、こんな風に涙も出ず痛いだけなどということはなかっただけに、おかしいな、と思いつつ右目を閉じたまま靴を直す。

「ん?綾人、どうかした?」

心配そうに顔を覗き込んでくる市川に大丈夫といい、上靴を履くと、今まで痛かった右目の痛みがスッと、何事もなかったかのように引いていった。

「なんなんだいったい…」

左目を閉じて右目の前で手をぶんぶんと振っみたが、特に変わった様子はみあたらない。

(疲れてるのかなー。俺。)

ため息をつきながら、上履き入れに靴を収めて教室へとのぼっていった。
それからも授業中にちょこちょこと目が痛んだ。だが、痛くなるのはほんの数秒でしばらくたてばスッとよくなる。よくなるといっても、回を重ねるごとに何か病気の前触れなのではないかと不安になり、病院に行った方がいいという結論にいたった綾人は、3時間目も途中に早退して病院に行くことにした。心なしか身体もだるい気がする。

(風邪かなぁ…毎日身体を鍛えてるのに、風邪だと凹むなぁー。)

そう思いながら何気無く空をみあげれば、昼でも見えるお月さま。その横にはやはり…

「あ、まだあの明るい星が見えてる。昼なのにこんなに綺麗に見えるってことは、もしかして星じゃなかったりして。宇宙人襲来・・・なーんてね!漫画の読みすぎか俺は。それよりも病院、病院。」

一つため息をついて頭をガシガシとかきながら、病院へと歩き出そうとしたその瞬間、

  グニャ。

まさにそんな擬音語が頭の隅で鳴った。
気持ち悪さにうつむくと、一歩踏み出したはずの足が無い。驚いて足を引いたが抜けず、そのままズブズブとまるで泥の中に足を突っ込んだように沈んで消えて行く。

そうして、声を出す暇もなく、綾人の体はその場から消えてしまったのだ。


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