----ウィジットside2----


テーブルの下の床で目が覚めた。固い床で寝たせいで、体がギシギシと音を立てている。

「ああ、あのまま寝てしまったのか。」

起き上がってあたりを見ると、昨夜のバビロニャの本がテーブルに開いた状態で置いてあり、月の満ち欠けを書き記したものや、星の動きを観測したものなどがテーブルを埋め尽くしていた。
床に落ちてしまっている紙を拾い上げてテーブルに置き、頭を掻きむしりながら、顔を洗うために家の外に出た。
この家には水道はなく、すべて裏に流れる川から運んできている。料理に使う必要最低限の水などは、川から汲んで樽にためていた。
お風呂も家の外にあり、入りたい時に浴槽に水を運び、温めて入っている。夏はそれすらせず、川で身体を洗うだけな日も多い。お手洗いも言わずもがなだ。
一人暮らしゆえ特に苦に感じたことはなく、さらに森の奥にひっそりと住んでいるため、人目を気にすることもない。

顔を洗い、口をゆすいで家に戻る途中、昨夜放り出したままになっていた青い天体を観測した洋紙と筆を見つけ、それを拾って家へと戻る。
時間を見ると、すでに昼を回っていた。
朝一で街へ向かうつもりだったウィジットは、しまったと顔をしかめたが、まぁ過ぎてしまったものは仕方ないと思いなおしてテーブルの上の資料を片づけ始めた。

「昼食をとってからでも十分か。いや、もう明日にするか。」

カスチーダまでは半日。今でると日付が変わる前にはつくだろう。
特に問題はないが、暗くなって森を歩くのはあまり好きではない。凶暴な動物が潜んでいるという訳でもいのだが、それでも何が起こるかわからないからだ。カスチーダに買い物に行くとき、一泊する理由はそこにもあった。
とりあえずお腹がすいているのは確かで、まずは腹ごしらえと昼食を作ることにする。
昨日焼いたパンを取り出し、石窯に火をかけ、窯の手前に置く。一度焼いているので、奥に入れると焦げるからだ。
それから、石窯の逆に置いてあるスープ鍋に水を入れ、手の上で野菜を十字に切ってゴロゴロと鍋の中に放り込む。調味料を入れたら蓋をして、あとは待つだけだ。サラダもほしいな、と思い、家の外の畑から、菜っ葉を数枚摘んで、川でよく洗い、家に戻る。
冷蔵室に入れてあるドレッシングと、時間がたって固くなったパンを小さく切って揚げたものを盛り付けて完成だ。
良し、食べるか、と、スープを注ぐため器を手にしたとき、
ントントンとドアをノックする音が聞こえた。
こんな森の中にそんなはずはない。空耳だ。と思ったが、「す、すみません!誰かいらっしゃいませんか?」という声がする。
手に持っていた器をテーブルに置き、「誰だ?」と尋ねると、「迷子だ」という。
不審に思いながらドアを開けると、そこには年端もいかないような少年が一人立っていた。とてもこんなところに一人で来れるような年齢には見えないし、カスチーダからやってきたにしては服に乱れがない。その服も、正直おかしな格好だ。まるで見たことのない服装をしている。

思わずまじまじと見つめてしまい、これは失礼だと考え直す。
しかし、同じように少年も、ウィジットをみて固まっているようだ。沈黙に堪り兼ねて話しかけるが、まるで話を聞いていない様子である。
これはどうしたものかと考えていたら、突然少年が声をあげてしゃがみこんでしまった。
しかも、

「実はそうじゃないかって思ってた。わかってたんだよ薄らと!俺、もしかしなくてもやっぱり違う世界ってやつにきてるよね!!?ここ、日本じゃありませんよね!!!?」

などと不穏な台詞を口にしたのだ。その瞬間、バビロニャの本の一説が頭をよぎった。

"月から青い月生まれる時、幻の民現れる。"

もしかして…と、仮説が頭をよぎる。
いやいや、そんな都合のいい話はないだろう。と、その考えを振り払った。
ともあれ、この少年はとても困っているようだったし、なにより、ウィジットが手を貸さなければこんな場所では頼る人は見つからないだろう。
手を貸すにしても、まずはこの少年から話を聞かなければ始まらない。どういう訳かパニックを起こしているようなので、落ち着かせるのが先決だと考え、家の中へ招いた。
また、ウィジット自身お腹がすいてたまらなかったため、こうなっては彼にも食事をとってもらおうと提案する。
その提案に驚いたようではあったが、少年は結局、遠慮がちに頷いた。これで食事にありつけると安堵したこを、少年が知ることはないだろう。
お茶を飲み、食事をとり、少年は多少落ち着いたようだった。
名をうかがうと、アヤトというらしい。服装もそうだったが、名前も・・・初めて聞く形式のもので驚いた。ガイアの民は、名・種族・母姓・父姓の四つからなる。もちろん、人族も獣族もだ。しかしこの少年は姓と名だけを名乗った。さらに、人族や獣族を知らないという。
記憶喪失だろうかとも思った。だが、記憶喪失なら名前も言えないのではないか?いや、言えたとしても姓と名だけなのはおかしいだろう。
これはきちんと本人に確かめるしかない。
そこで、遠回しに聞くのではなく、直球でアヤトに訪ねることにした。



かくして、ウィジットの仮説は、確信へと変わったのである。


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