----ウィジットside1----

ウィジット=ラ=ドルク=アウスト。
ウィジットは名、ラは獣族につく。人族だと「ル」だ。ドルクは母の姓、アウストは父の姓からなる。
わけあって18の時に家出し、天文学で有名なこの街、"カスチーダ"へとやってきた。
そこで知り合った今は亡き天文学者、ガリレオに拾われ、彼は天文学の道を歩むことになったのだ。

天文学とは、星の動きを観測し、ガイアの未来を見ることにある。星はすべてを物語ると言われ、実際に天変地異や戦争などの未来を視てきた。
伝説と星を重ね合わせることによって未来を予知するのだ。この地には、過去1万年の星の動きが収められている星詠館(ホシヨミノヤカタ)というものがあり、天文学の聖地とも言われている。
しかし、ガリレオは異端だった。月の満ち欠けでガイアの未来を視る研究をしていたからだ。
実際、星に比べれば微々たるものだが、月に関する資料も存在する。だが、好んで月の観察をするものなどいなかった。おかげで変人扱いを受けてはいたものの、誰も踏み入れていない月を研究するのはとても面白く、すっかり月のとりこになっていた。
ウィジットがこの街へ来て7年、ガリレオが生を全うして2年。彼の研究を引き継いで、月の観測を続けていた。この森に来たのは一年ほど前になる。
カスチーダから半日ほど歩いたところにあるこの家は、ガリレオが残した研究所だった。
空に近い、森でも山の方にあり、月を観察するにはもってこいの場所だ。昼は資料を整理し、夜は月を観察する。気づけは一年などあっという間にたっていた。

そんなある夜、いつものように月を観察していると、不思議な出来事が起こった。
月が一瞬ぼやけたかと思うと、その横に青い天体がじわりじわりと浮き上がってきたのだ。まるで月から分離したかのように見えたその星は、青く美しく輝いていた。

「これはいったい…」

ガリレオの残した資料の中には、このような現象が描かれた文献は見当たらなかったし、生まれて25年、このように青く美しい天体は初めて見る。

何かが起きている・・・

それは、天文で未来を視ているガイアの民すべてがそう思ったに違いなかった。
いそいで家に戻り、資料を片っ端から漁る。少しでも情報を得ようとしたのだ。
しかし、何度漁ってもそれらしきものは見つからない。
ふと、星詠館が頭をよぎるが、それは無いだろうと首を振る。
月の資料に関してはカスチーダの星詠館よりもこの小さな家の書架の方がそろっているし、このガイアに於いて天文資料の蔵書は星詠館の右に出る館は無いのだ。

「いや、待て、月から分離したように見えたために月の一種だと思っただけで、月とは関係ないのかもしれない。と、するとやはり星詠館へ行ってみるべきか…」

少し頭を冷やす必要がある。
そう感じたウィジットは、台所へ行き、戸棚からマグカップを取り出すと、慣れた手つきでお茶を淹れ、テーブルに腰かけ、淹れたばかりのお茶を口に含んだ。

「ともかく、情報がないことにはどうしようもない。明日カスチーダへ降りよう。話はそれからだな。」

そうつぶやいた彼は、ふぅと一つため息をつき、街へ降りるための準備に取り掛かった。カスチーダには、ガリレオと過ごした時の家がそのまま残っている。
森に棲んでいると言っても生活用品はここでは手に入らないため、定期的に必要なものを仕入れにでていた。街の家は売ってしまおうと考えたこともあったが、往復1日かかる距離は荷物を持った身にはつらく、また、夜に森を歩くのは心許ないため、街で一泊して帰るのが常だった。
今回は調べ物の為に行くので、一日では帰ってこれないだろう。
服などの必要最低限のものを鞄に詰め込み、身支度を終える。今夜はもう遅いので、明日の朝一で家を出るつもりだ。
用意の終わったウィジットは、もう少しあの青い月を観察しておくことに決め、再び外へと赴いた。
肉眼でもはっきり見えるその青い天体。手元の洋紙に、青い天体の出現時刻、角度、方角などを細かく記入していく。一通り記入が終わると、ウィジットは筆を置き、地面へゴロリと横たわった。

「不思議だ・・・見ていると吸い込まれそうな美しさだな・・・。」

目を細めて、月から分離した青い天体を眺めた。
まるで生きているように見えるその星は、見るたびに表情を変えているような気がする。星を覆っている白いモヤが、おそらく動いているのだろう。どういう起動制をもって動いているのか調べなければならないな…そう、考えたところで、ふと何かに思い当たった。

「月の分離…ん、まてよ、月が分離する。そんな話をどこかで読んだ気が…」

ガバッと起き上がったウィジットは、洋紙や筆もそのままに、再び家の中へと入る。そして、書架の奥の方へとすすみ、普段はあまり手に取らない本が並んである場所へと走った。
ここに置かれた本は、研究とは関係のない、いわゆる娯楽本が並んでいる。月がことさらに好きだったのだろうガリレオによる、月をモチーフにした小説やエッセイなどを集めた書架だ。ウィジットにとっては、研究に行き詰った時や疲れたときに興味本位で読む程度の書架だった。
その中から、古茶けた一冊の本を手にし、中を開く。これだ、と頷いたウィジットは、本を手にテーブルへと腰かけた。
持ってきた本をぱらりとめくって、写真が印刷されてあるページを見る。人族と獣族が手を取り合って月を見上げている絵の写真だったのだが、2つの月が少しずれた状態で重なっており、片方には薄く青い色がかかっていた。
写真の下には、こう書かれていた。

『古代バビロニャ遺跡より発掘せし書をここに訳しけり。』

古代バビロニャとは、1万年前に滅びたといわれる古代人の事で、数十年前にその遺跡が発掘された有名な遺跡の事だ。歴史として知らない者はいない。
バビロニャの民から我々は進化し、獣族と人族に分かれたとされていた。遺跡の発見によって、その仮説が正しかったのだと証明されたらしいが、星にしか興味のなかったウィジットはあまり関心がなく、詳しくは知ろうとしなかったのだが…。この写真は、バビロニャ遺跡の壁画を撮ったものなのだろう。
訳したと言われるものの内容はこうだ。

”月から青い月生まれる時、幻の民現れる。獣族、人族とは異なる青い月の民。我ら、数千年に一度現れる民を天族と呼ぶ。古き理に於いて、天族、ガイアと交わるとき、青き幻想消え果てるだろう”

この本を初めて読んだ時は、面白い小説だと思った。星から星が生まれるなんて聞いたことがなかったし、だからガリレオも重要視せず小説を置く書架の中に入れていたのだと思う。古代バビロニャの時代から小説と呼ばれるものがあるのだなと面白く思っただけだったが、"月から青い月生まれる"という節はまるで今の状態そのままである。写真で載っている絵も、まるで自分が見たままの月の模様だった。
これは詳しく調べる必要があると感じたウィジットは、書架へと戻り、まだ手を付けてなかった本を片っ端から開いた。同じように古代バビロニャの資料がないか探すためだ。
しかし、結局この1冊しか書架にはおさめられていなかった。

「月から青い月生まれるという節はそのまま今の現状を表しているのだろが、その後が気になる。幻の民が現れるとはどういうことだろうか。天族なんて想像上の生き物だろう…?」

何度も読み返すが、その答えなどわかるはずもなかった。


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