たびにっき - 28

世界樹に寄りかかるなんて贅沢な居眠りをした僕は、ルーナと一緒にこっちの世界から離れることにした。彼女もこれからアッサラームに戻って、また夜と昼の入れ替わった毎日を過ごしていくらしい。誰と会えたの、と訊いてみると、アルム、アンナ、セリス、レイシア以外の全員らしい。それって僕と同じだ。ベラヌールに行ったけど、アルムも見つからなかったみたいだ。ザハンには行ったことがないから飛べないし、イシスではタアをからかいに行こうとすると、もう三人組っていう先客がいたようで。あの後結局見つかっちゃったんだね。ご愁傷さま、なんて。
そう考えると、最初に彼女が言ったように、僕とルーナが鉢合わせしたのはとんでもない偶然だ。そしてその偶然が、僕の旅を助けてくれた。運がいいと思わずにはいられない。少し出発がずれていたらそれはそれで、別の偶然があったかもしれないけど。こうしてルーナと一緒に旅の扉をくぐり抜けるなんて、渡ってきたときには思いもしなかったことで。
せっかくだからと、ルーナの住むアッサラームに行ってみることになった。そうして、またルーラで運んでもらうことに。おんぶにだっことはこのことか。

今日もまた一日が終わろうとしている、そんな時間だ。
けれどここでは話が違う。ここからが一日の始まり、太陽ではなく月と一緒に過ごす街。それがアッサラームらしい。
そこかしこからものすごい熱気がうかがえる。人だかりの真ん中にはベリーダンスを披露する三人の女の人。ギャラリーがすごすぎて近づく気が起こらないほどだ。
「これ…毎晩やってるの?」
「うーん、そだね。イベントって言うよりは、もう日課みたいな感じになってるんだと思うよ」
これが日課とは。ムオルでこんな光景を見たら、一騒動起きそうな気がするなあ。
お世辞にも、平和であるとは言えない街のようで、路地の奥からはあまりよろしくない雰囲気が漂ってきていた。
実際、ルーナも何度か危険な目に遭ったことがあるみたいで、僕は不安だったんだけど。
「お、そこの嬢ちゃん」
怪しげな男に声をかけられたルーナが振り向いて「なに?」と笑顔で一言。隠しているけど僕には分かる、背にした右手にメラゾーマ。
「げっ。なんだ、ルーナか。なんでもねぇよ、行った行った」
あ、なるほど。思っているほどの心配は、いらないのかもしれない。

色々な店を見て回ったり、さっきのベリーダンスや別の場所でやってた大道芸のような見世物を遠巻きに眺めたりと、大通りの近くでは楽しい時間を過ごすことができた。ルーナ曰く、アッサラームの店主はみんな商売が上手いみたいで、毎日のように儲けを出しているらしい。
うーん…でも薬草は128ゴールドじゃ売れないと思うんだけどなあ。

「家の前まで来てくれなくてもよかったのに。でもありがとねー」
さっきの様子を見たとはいっても、一応何かあったら困るから、念には念を入れてルーナを家の前まで送っていった。苦笑いしながらも、ルーナはお礼を言ってくれた。
「ありがとう、ルーナ。君のおかげで、いいものが描けたよ」
「んーん、あたしも楽しかったよ♪またムオルにも遊びに行くね!…友達も連れて行っていい?」
「友達っていうのは、世界樹を一緒に見たっていう?」
「うん、そうだよ」
「もちろん、大歓迎だよ。来てくれたときには、目一杯のおもてなしをさせてもらうから」
そう約束を取り付けて、僕はルーナと別れた。今日はお世話になりっぱなしだったから、今度来てくれた時はお返しをしないとね。連れてきてくれるっていうお友達にもおんなじように。
その子がいなくても、僕は五枚目の絵を描けなかったのだから。

月が空高く輝く真夜中。雲もなく、空には無数の星が光って見える。
あんまり上を見ていると、首が痛くなってくるけど、見続けていたいような星空だ。
アッサラームの夜は思っていた以上に冷えるみたいで、コートを着ていないと身震いするくらいだ。二人で楽しく歩いていたときには気にならなかったけど、一人で喧騒から離れた静かな場所に立っていると、風も結構冷たく感じるものなんだな。テドンで買ったこのコート、最初はネクロゴンドを離れたらすぐに売ってしまおうと思っていたけど、案外長く活躍してくれている。ここまで旅の中で付き合いが長くなると、捨てたり売ったりしづらくなってきた。なんか愛着が沸いちゃったのかも。春先くらいなら地元でも着られると思うし、せっかくだから帰り着くまで、ずっと一緒にいてもらうことにしよう。
月夜の下のお祭り騒ぎを小さい方のスケッチブックに描き残した後、僕は終わりの近づく旅にいろんな思いを重ねながら、じっと目を閉じて、ある景色を思い浮かべた。大きなスケッチブックに描いてきた景色は、五つ。残りの二つに何を描くかは、もう決めてあった。一年前に、ほんの一瞬だけ訪れたあの場所。いい加減なイメージをすれば、どこに飛ぶか分かったものじゃない。それでも、あのとき目に焼き付けた光景を、脳の中から引っ張りだして、瞼の裏に映し出す。
目を閉じたまま、一枚の羽根を取り出しながら、慎重に記憶を手繰り寄せる。集まった記憶のかけらたちが一つの像を結んだ瞬間――僕はこれまでで一番高く、右手に持った翼を放り投げた。
飛べ…!岩山の向こう側へ!
行け…!あの大きな城の前まで!
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