たびにっき - 27
「レイシアに会いに来たんだけど、ここにはいないって言われたんだよね」
言われてみれば、ここはレイシアの故郷だ。でも彼女はなかなか行動的だから、僕みたいに旅でもしてるのかもしれない。それに、もしかしたら旅じゃなくて修行だ、なんて言ってそうだ。…間違ってたらごめん。心の中でそう謝っておいた。
「ここまで来て誰にも会えずに残念だなーって思ってちょっと落ち込んでたけど、アリュードとこうやって会えたからもう気にならないよー!」
ルーナの声に、あの頃と同じ元気が戻った。そう言ってくれるのは僕としても嬉しいことだ。僕も自然と笑顔になる。周りを楽しい気分にさせるルーナの力は、全く変わっていないようだった。
「一人でここまで来たの?」
「んー、結構ズルしてるんだけどね!ルーラでいろんな場所に飛んでるだけだから…ぴゅーん、ぴゅーんってね」
あ、なるほど。自分の旅に重ねて考えていたから、ここまで船を乗り継いで歩いて来たのかとばかり思ってたけど。そうだよね、どれだけ離れてても会いに行くだけならルーラでひとっ飛びなんだ。便利な呪文だよね。ペルポイには確か、実習で一度訪れているはずだし。これを覚えてない僕は、同じことをしようとするとめいっぱいキメラの翼を持ち歩かなきゃならない。
…ふと思ったけど、皮の帽子にキメラの翼をいっぱい差し込んだら、羽帽子に見えたりしないかな。そうするとさすらいの吟遊詩人みたいでちょっとオシャレな気がするんだけどどうだろう。あ、でも僕は詩はからっきしなんだった。
「そうだ!いろいろお話したいし、ちょっとどこかに入ろうよ!」
大賛成だ。喉も渇いていた頃だし。渇きを癒すだけなら持っている水でいいんだけど、やっぱりちゃんとしたティータイムをとるほうが、話も弾むってものだ。この旅を始めてから、そういうこともなかったから、ちょうどいいかな。

「それで、アリュードもレイシアに会いに来たの?」
「いや、僕は別の目的でここに来たんだ」
外を見たら灰色の箱だったけど、扉を開けて中に入ってみると優しいオレンジの光に包まれていた、落ち着いたお店だった。ちらほらと、お客さんの姿。ルーナがたまたま見つけたみたいだけど、彼女の元気さとは対照的に静かな空気で満たされている。
僕はアイスティー、ルーナはレモンティーを注文して、地図を広げてルーナと隣り合う。ある一点を指差して、ここに行きたいんだと説明した。
「世界樹の島だね。あたし行ったことあるよ」
「あるの!?」
「うん!友達と一緒にね。初めて見たときはほんと…」
はっとして、ルーナが言葉を切った。その続きが気になる。
「言うのはやめとくね。アリュードも見てみたらきっと分かると思うから」
「…はは、そうだね、まずは自分の目で見ることにするよ」
焦らされてしまった。こうなると、もう行かないわけにはいかない。

ルーナとの話にも、色とりどりの花が咲いた。これまで出会ってきた仲間たちとは、こうして二人だけで話をするっていう機会がなかったと思う。でも一年経って会うと、あれやこれやと話題ができて。自然とそうなることのできる関係が築けていたことは、本当に僕にとってかけがえのない財産になっている。
ルーナが島まで一緒に飛ぶよ、と言ってくれたときは、彼女が救世主に見えた。ここまで来て船の上から過ぎゆく島を眺めるなんて結果になったら、きっとムオルに戻ってもお店に手がつかないような気がしていたからだ。
ひと通り二人でペルポイを散策した後、僕たちは地上に戻った。気持ちが焦りすぎていて、店を出た後ですぐ、早速お願いしてもいいかなって聞いてみたんだけど、ルーナに笑顔で「たんこぶできちゃうけどいい?」って言われてしまった。
「もうちょっと近づいてくれた方がいいかも」
「…このぐらいでいい?」
「おっけー♪それじゃ、いくよー!ルーラっ!」
もう頭の上には青い空しか見えない。両足が地面を離れた頃には、体がものすごい速度で上に打ち出されるのを感じた。運び役をしてくれただけじゃなくて、頭をケガするのを防いでもくれたルーナには、感謝しなきゃ。

「……」
「うわぁ、何回見てもすごいね…」
島に着陸した瞬間に、目の前には目指した光景が広がっていた。
言葉を奪われるのは、これで何度目だろう。隣にいるルーナは、一度見たことがあるからだろうか、驚きの声だけは持っていたみたいで、短くそう言ったきり僕と同じものに目を向けている。
ネクロゴンドで感じた大自然の清澄さと、精霊の祠で感じた聖なる空気。その二つが混ざり合って、この島をすっぽりと包み込んでいるようだ。
太い幹から伸びる枝はその腕に無数の葉をまとっていた。そよと風が一吹きすると、輪唱のように新緑の葉っぱがこすれ合う音が響く。
高く高く伸びている枝葉は、雲を突き破ってどこまでも続いているかのようにさえ見える。真下から見上げれば、それは天へと続くはしごのようだ。
雨の日も、風の日も、雪の日は…この島にあるか知らないけど、どんな日も変わらずにここからこの世界を見てきたんだな。長い歴史を感じさせる、ごつごつとした幹に手を触れてみる。
「…生きてるみたい」
ぼそっとルーナがつぶやいた。彼女が言いたいことが、僕にはよく分かる。単に生きてるのはどの木だって同じだけれど。世界樹に触れた右の手の平からは、あふれんばかりの生命力が感じられた。

もう一度世界樹から遠ざかって、その全体を見つめてみる。
やることは一つ。ルーナには申し訳ないけど、少しだけ時間をもらいたい。
「…いいかな?」
「うん。あたしのことは気にしないで、好きなように描いて!」
ありがたい返事がもらえたから、僕は大きなキャンバスに集中する。
ルーナにヒントをもらって、僕はこの絵にもゲストを登場させることに決めた。大樹の下でひなたぼっこをする、妖精のような少女がふたり。ふわふわと樹の影に浮かぶ子と、世界樹にもたれかかって背中の小さな羽根を休めている子と。この格好は完全に僕の想像を実体化したものだけど、世界樹の持っている何もかもを暖かく抱きしめるような雰囲気にはよく合ってるんじゃないかな。少し薄めの色を使って、その感じも出してみた。母なる大地、母なる海があれば、世界樹はまさしく母なる樹。

ひとしきり目を走らせて、「よし」と小さくつぶやいた。五つ目の、大きくて小さな世界の完成だ。
スケッチブックから現実に目を戻した。それからまた、手元に目を落とす。僕は思わず笑い声を漏らしてしまった。退屈していたんだろう、ルーナが小さな寝息を立てながら樹の幹に体を預けていた。その様子を見ると、僕が描いた少女と全く同じ格好で。
冊子を閉じて袋にしまい、僕もルーナの隣に座り込む。そうして背中を支えてもらうと、なるほどこれはとても心地いい。堅い幹にもたれても、それほど気持ちよくはなさそうだけど、と思っていたけどとんでもない。世界樹、甘く見ていた。
ベラヌールでは必要だったコートも、ここでは出番なく袋の中だ。もしかすると、この島は年中このくらいの暖かさを保ち続けているのかもしれない。ぽかぽかとした陽気が、僕の全身を包んで離さない。
試しに目を閉じてみたら、もう戻ってくることはできなかった。
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