たびにっき - 26
ベラヌール港、ここは船着き場が街から離れた場所にある。
もっぱら貨物船が着く港で、僕の乗る船が到着したときもちょうど街との物資のやりとりをしていた。
気温はルプガナとさほど変わらない。僕はコートを着ていたけれど、せっせと積み荷を下ろす人たちはみな両腕をまくりあげて、汗を垂らして作業をしていた。
「おう、坊主も船に乗って来たのか?」
口ひげを蓄えた強面のおじさんに突然話しかけられた。重たそうな荷物を抱えたままだ。
「遠いとこからお疲れさん。ベラヌールに行くのか?」
「あ、いや…」
「なんだ、ペルポイまで行っちまうのか」
喋る暇もなく、かぶせてくる。気の早い人だった。
「なら今のうちに身体伸ばしとけ、その船は燃料積み直したらもう出るぞ。あと何十分もしたらまた船の底でなまることになるからな!」
それだけ言い残して、おじさんは行ってしまった。
今の話をまとめると、客船は少し長くこの港に留まったあと、ペルポイに向けて出て行ってしまうらしい。停泊するのは、燃料の補給や乗客の気分転換のためだとか。
ここからベラヌールまでは、そんなにかからないとは思う。水の都って呼ばれるほどきれいな水が名産のすてきな街だけど…どうしよう。船が出てしまうと、はやる気持ちを抱えたまま何日か待たなきゃならなくなる。
色々なところを見てみたいとは思うけど、もう一度原点に立ち返ってみよう。思うがままに、進んでいくと決めたはずだ。
遠くに佇む街の輪郭をちらっと見て、僕は船へと引き返した。
今目指すのは、あそこじゃない。海を越えたその向こう、世界樹の島へ!


地図を買ったのが、ルプガナでよかったかもしれない。
あちこちからくる観光客や旅人向けに、細かく地名を書いていてくれたものがあった。普通の地図よりも少し値は張ったけど、僕はこっちを選んだ。今回は訪れない場所にしても、いつかまたの機会には踏破してみたい、そう思っていたからだ。候補は、多い方がいい。
そこで見つけたのが、次の目的地。ペルポイの街から南東に浮かぶ小島が目指す場所だった。ルプガナからはとんでもなく遠いけど、どうしても行ってみたい気持ちを抑えられなかった。世界樹というのがどんな樹なのか、この目で見てみたいと思ったんだ。
ルプガナからの船旅も後半、ペルポイまでの数日間。ベラヌール港までは、出発から五日ほどかかった。そこからペルポイまでも、四日はかかると思っていいらしい。船酔いを起こさなくて、本当によかった。
船で酔うとひどいことになる、と誰かから聞いたことがある。実際どれほどなのかは計り知れないけれど、そうそう楽なものじゃないだろうな、っていうことぐらいは想像がついた。馬車でかかった症状がそっくりそのまま降りかかるとしたら、これだけの日数揺られている中じゃ気が狂ってしまいそうだ。
どうか、このまま到着まで何事も起こりませんように。


僕の願いは天に届いた。起きて寝て、それを繰り返していたら、いつの間にか船はペルポイの港に着いていた。
急場しのぎで作られたような質素な桟橋に、大きな船が着いたその画はなんだか不釣り合いだ。小さな魚舟、そんなものがちょこんと着くような場所なんだから、当然といえば当然かな。
目指す場所まで、地図の上ではかなり近づいてきた。だけど。
「ここからどうするかだなぁ…」
最寄りの街であるペルポイまでたどり着いたはいいけれど、問題はここから先だ。世界樹の島まではまだいくらか離れている。さすがに小舟で往復するような距離じゃなさそうだ。そもそも釣り舟やそんなものに、遠くまで行け!って言っても結果は分かりきっている。
少し聞いてみると、デルコンダルからやってくる往復船に乗れば、世界樹の島の近くを通過できるという話だった。でも上陸は当然できないことになる。最悪の場合はその手段に頼って、諦めて近場から樹を眺めるだけでも仕方ないかな、と考えた。
行き当たりばったりでやってきたこの旅が、初めて暗礁に乗り上げようとしている。上陸はうまくできたのに座礁するだなんて、なかなか皮肉な話だ。
僕を乗せた船はもう岸を離れていってしまった。呼び戻そうにも、声が届くはずもない。
とりあえず、ペルポイの街に行ってみよう。何か方法が見つかるかもしれない。旅は歩け、基本の基本を忘れかけていた僕にはいい着火剤だ。

ひっそりと佇む一軒の小屋。その中の階段を下りた先には、大きな街が形作られている。石レンガで築かれた外壁と、どの民家にも見当たる似たりよったりの窓。どこを向いても同じような建物が並んでいて、少しばかり殺風景かな。そうそう退屈はしないであろう相手がすぐに見つかることになる。
ちょうどある建物の角に差しかかったときだった。向こうから、小柄な少女がとぼとぼと元気のなさそうな足取りで歩いてくるのが目に入った。最初はただそれだけだと思ったんだけど…すれ違いざま、目に入った横顔は、彼女を呼び止める十分な理由になった。
「…ルーナ!こんなところでどうしたの?」
「えっ!?」
あ、すれ違った他人からいきなり声をかけられたら僕だってびっくりするか。
でも当のルーナは一度だけ目をぱちくりさせた後で、にっこり笑ってこう言った。
「やっほ、アリュード♪偶然だねっ!」
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