たびにっき - 24
話したいこと、というのは、それこそ積もりに積もっていて、キースさんにまつわるエピソードや、先生同士の裏話なんかもたくさん聞くことができた。僕の方も、生徒同士でのあんなことやこんなことを知っている限り話した。一応、みんなのプライバシーの守られる範囲でね。
そうして、ひとしきり話に区切りがついたところで、今度は僕の旅の理由について聞かれた。
「いろいろと、理由はあるんですけど」
話し始めると、二人とも真剣な目をして聞いてくれた。
「もう一度、世界を見てみたいと思ったんです。あの頃は、いろんなところに行きましたけど、見えていたものは一つだけだったので。それが終わった今なら、きっとまた違った景色が見えるだろうな、って。
それで、立ち寄った場所や目に見えた風景を絵に描いているんです。もう結構な数になりました」
僕は二冊のスケッチブックを差し出した。それを興味深そうにパラパラとめくる二人。
それぞれを取り替えて、またパラパラ。

「私は絵に疎いので細かなことは分からないが、お前の満足いく出来に仕上がっているものばかりだということだけは分かる。全てのページが埋まるまで旅を続けるのか?」
「いや、そういうわけじゃないです。一応、大きい方には七枚の絵を描く、って決めていて」
「七枚…ということは、あと四枚ですか」
「はい。今日中にはあと三枚になると思いますけど」
そう言うと、ラルドさんもキットさんも少し嬉しそうだった。
「この場所を世界の七景に入れてくれるというのは、光栄な話だ」
「でも…」
僕は言いよどんだ。
「このお屋敷は、どう描けばいいのかいまいちつかめなくて。訓練を受けた庭も、生活をした屋敷も、出会いと別れを経験した入口も、一枚に収めたいんですけど…」
「なるほど…確かに、この屋敷は全体を描くにはあまりに広いな」
ラルドさんが難しい注文だ、とばかりに腕を組んでうなる。
「でしたら、私にいい考えがありますよ」
悪戯っぽく笑うキットさんが、外に行きましょう、と手招きをする。
「気をつけろ、キットがこういう表情をするときは大抵、ろくでもないことが起こるからな」
そう言いながら席を立つラルドさん。その顔も、僕から見たらいくらか子供っぽく見えた。


「うわぁ…」
声を失いそうになるくらいの非日常が、そこにはあった。
キットさんに連れられて、僕は空中に浮かんだ状態で屋敷を見下ろしていた。この位置からなら、僕が描きたかったすべての場所がはっきりと見える。
「ルーラの応用です。レムオルを重ねているので、下の人に見られる心配もありません」
姿は見えないけど隣に浮かんでいるのだろう、キットさんの声がする。
「納得のいくまで、思う存分描いてください。それまで私はここにいますので」
「でも…いいんですか?キットさんにこんな時間を取らせて…」
「ラルドも似たようなことを言っていたでしょう。教え子に頼られるということは、教師冥利に尽きることなんですよ」
「キットさん...」
「さあ、筆を。私はともかく、お日様は待ってくれませんよ」
「…はい、ありがとうございます」
沈みゆこうとしている太陽の眩しい光の中で、僕は四つめのキャンパスを埋めた。

「今日はここで寝ていったらどうだ」
ラルドさんにそう言われて、僕はお言葉に甘えることにした。僕としてもこの街で夜を明かすなら宿屋よりもここがよかったし、ありがたい提案だった。
こうして寝転がると、あの頃のことがよみがえる。
初めて三人で寝た夜、徹夜でおしゃべりをした夜、アンナが襲われた夜、寝過ごしかけて大慌てだった朝、休みの日にぐうたらした朝、ロエンがいなくなって初めて迎えた朝。それはいいことばかりじゃなくて、思い出したくない苦いものだってもちろんある。だけど、全部をひっくるめて、一つの思い出だった。

知らないうちに、また視界がひとりでににじむ。
…ダメだなぁ、なんだか今日は涙もろいや。

明日から、またいろんな発見が待っている。それは未来への第一歩。
だから今ぐらいは、過去に浸ってもバチは当たらないはず。明日からがもっと楽しくなるように、もっと輝けるように。
どこで寝ているのかわからないけれど、おやすみ、みんな。おやすみ、アンナ。それから…おやすみ、ロエン。
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