たびにっき - 21

真夜中だというのに、外では人があっちへこっちへ、忙しそうに動きまわっていた。
建設中の家がちらほら、街道が現在進行形で整備されているところもある。雰囲気はまるで違うけど、これだけの人が動いているところを見ると、アッサラームを想像してしまう。単に夜らしからぬ光景っていう共通点しかないんだけど。
「リズはどうしてここに?」
「期限付きで、ユリスの手伝いってところね」
「手伝いっていうと、ユリスも街の発展に協力してるってことかな」
「そう。あの子は少し無理をすることが多いから、それを見てるっていうのもあるけれど」
あなたも分かるでしょ、と言われて、僕はそうだね、と返した。確かに、彼女は責任感も強いし、根っこがものすごくいい子だってことはよく知っている。
「…期限付き、っていうことは、それが終わったらリズはどうするの?」
気になったことを聞いてみる。しばらくうつむき加減に考え込んでいたリズは、ゆっくりと顔を上げて、僕の方を見た。
「あまり気分のいい話ではないけど、聞いてくれるかしら」
「もちろんだよ。聞いたのは僕だし、大切な仲間なんだから」
最後に会ってから時間は空いているけど、あの一年で築いた関係は崩れていないつもりだ。それを確かめたんだろうか、リズは安心したように微笑んで、そうね、と前置きして話してくれた。

「みんなと別れてから帰ってみたけれど、私の家はもうなかった。そこにあったのは知らない人の家だけ。村を飛び出すまで、そんなにかからなかったわ。それからはずっと泊まり歩き。いろいろな街や国を見て回ってたの」
うん、とうなずくと、彼女は続けた。
「それで、ちょうどレーベに立ち寄ったときに、街を発展させるんだ、ってレーベ中の人たちが仕事をしていて。ユリスもいたし、私にも行くあてがないから、ここで手伝うことにした。それが今から二ヶ月くらい前の話」
二ヶ月前にはもう始まっていたのか。今もこんな調子ってことは、それだけ大掛かりな事業なんだろう。街をつくるっていうのは、想像していた以上に大変なことみたいだ。
「これが終わったら、また旅に出ようと思っているの。せっかく剣の腕を磨いたことだし、それを活かせるような仕事をしたいかしら」
腰に着けた長い剣の鞘を撫でて、リズはそう言った。その目には、迷いがなかった。そうか、リズはやりたいことをちゃんと見つけているんだ。
「ありがとう、話してくれて。リズはもう、先のことをちゃんと考えているんだね」
「計画性はないわ。あなたはどうなの」
「僕?」
聞かれるとは思っていなかったけど、現況とこれからを簡単にまとめてリズに話した。ムオルでお店やってるよ、大きくするつもりは特にないよ、今は旅の途中だよ、ってね。そうしたら、リズは微笑んだままで。
「あなたもちゃんと考えているじゃない」
って。そうかなあ。

それから一時間ほどだろうか、僕たちはいろいろな話で盛り上がった。教習所にいた頃のことや、旅先で出会った人たちのこと、仲間たちのこと。リズってこんなにおしゃべりだったっけ、ってくらい、彼女と語り合った。
「明日にはまた出発するのかしら」
「うん、そのつもりだよ」
「それなら、そろそろ部屋に戻ったほうがいいかも」
「え?」
「まだあまり話をしていないでしょう。ユリスとも、もう少し話してあげて。きっともう目を覚ましているはずだから」
私と話して疲れたかもしれないけれど、と言って、リズは宿屋に目を向ける。中途半端に閉じたカーテンの奥は、ここからでは見えなかった。

もう少し街を歩いている、というリズと別れて部屋に戻ると、彼女の言った通り、寝ていたはずのユリスはベッドの上で身を起こして、ライトのそばで本をめくっていた。どうしてリズは分かったんだろう。いつもより疲れているんじゃなかったっけ。
僕に気が付いたユリスは、本をパタリと閉じて、
「おかえりなさい。リズとお話でもしてた?」
「えっ?うん、よくわかったね」
と思ったらユリスの方もだ。この二人、互いに互いが見えているんじゃないか、なんてありえないことを考えてしまいそうになる。
「そこから見えたから。二人が話してるところ」
指差された窓から外を見ると、確かにさっきいた場所だ。やっぱり考えすぎだったみたい。
「それで、お散歩はもういいの?」
「うん、色々と話ができたよ。教習所にいた頃と、ずいぶん変わったね」
「ふふ…あの頃はきっと話しかけにくかったと思うわ」
一番近くでずっとリズを見てきたユリスは、その変化が一番分かるのかもしれない。
「それで、今度はわたしと話してくれるの?」
えぇ…?やっぱり僕の考えすぎじゃないんじゃ…。二人がかりで見透かされているような気がする。

「…ユリスとリズって、テレパシーみたいなのを使えたりするの?」
「…??」

…やっぱり変な顔をされてしまった。


夜が明ける前までユリスと話し込んで、それから二、三時間寝直して迎えた朝、僕は次の土地に向かうため街の入口にいた。別にいいよって言ったけど、ユリスとリズは見送りに来てくれた。
この二人とはあまり話したことはなかったから、ここでの一日は本当に大きな意味を持った。絵だけじゃない、仲間たちとも出会えるんだ。旅ってすばらしい!
「新しいレーベができたら、是非遊びに来てね」
「そのときには私はいないでしょうけど、またどこかで」
「うん、二人ともありがとう。元気でね!」
小さく手を振る二人に背を向けて、僕は東へと歩き始めた。
新しい街が完成したら、お祝いの絵を贈ることをユリスと約束した。そう遠くないうちに、また会うことになるだろう。リズとも、いつか必ず再会できるはず。そう信じている。この街でもまた、小さなスケッチブックに思い出が加わった。いつかの頃はうまく描けなかった二人が、今はしっかりと、満点の微笑みを紙の中で浮かべていた。
prev * 36/243 * next
+bookmark
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -