たびにっき - 20

「ごめんってば。急に声がしたからびっくりしたんだよ」
「どうかしらね、忘れてただけなんじゃないかしら?」
だだっ広い草原を、僕とユリスは並んで歩く。拗ねた様子のユリスは、初めて見た気がする。なんだか新鮮だ。
「忘れるわけないじゃないか。あれだけ一緒に戦った仲間を忘れるなんて…」
首を振って否定すると、彼女はいたずらっぽい声で言った。
「ふふ、冗談。ちょっとからかってみただけ」
してやったりとばかりに笑うユリス。そういえば笑顔もあんまり見たことがない気がする。なんだか得した気分だ。言わないけど。
「ところで、どうしてあんなところにいたの?」
「ああ、話せば長くなるんだけど…」

できるだけかいつまんで、僕はこれまでの経緯を説明した。脇にコートを抱えている理由も、納得してもらえるように。

「へぇ、それはかなりの長旅なのね。レーベに着いたらすぐ宿を手配してあげるから、今日はゆっくり休んでいって」
「え?いや、まだお昼ぐらいだし…」
「何言ってるの、話を聞いてたら一日以上寝てないんじゃない。それにあなた、五分も放っておいたらもう立ち寝でも始めそうな顔してるわよ」
「…そんなに眠そうかい?」
「それはもう、初めて見るような顔をしてる。ほら、早く行きましょう。今のレーベは人が多いから、こんな時間でも宿が埋まっちゃうかもしれない。走る体力は残ってる?レーベまではあと少しだから」
ユリスの言葉にうなずいて、僕は彼女について駆け出した。
誰かがそばにいると、道中が短く感じる。そこからレーベまでの三十分ほどは、本当にあっという間の時間だった。


レーベにたどり着くやいなや、宿の一室に通されて、そこで眠りこけた。
次に目を開けたときには、もうすっかり真夜中になっていた。今夜は満月のようで、普段の夜よりも白い光が窓の外に降っている。空の真ん中から透明なガラスを通して入ってくる月明かりは、部屋にあるもう一つのベッドをぼんやりと照らしていた。
ユリスが、規則正しい寝息を立てている。その傍らに、使い古した鉄の斧と、縛られた薪が三角に積まれていた。
ベッドは離れた場所に置かれているけど、同じ部屋で寝てたのか。ユリスにそれだけの信頼はされているらしい。

ちょうどそのとき、何の前触れもなくガチャリと、静かにドアが開けられた。その向こうから覗くのは、薄闇でもよく見える、赤と金の二色の瞳。
…えっ?

「リッ…!」
「しーっ、静かに」
ささやくような声で、彼女は自分の唇に指を当てる。僕も漏れかけた声を殺して、こくこくと首を縦に振る。
今日はどうして、こんなに息を潜めなきゃいけないんだ。けどそれだけ、僕にとっては意外すぎる来客だった。
「…驚かせてごめん」
「いや、大丈夫。でもまさかリズがここにいるなんて」
「私だって、よく分かるのね。一年以上会っていない上に、これだけの暗がりなのに」
「それは…」
「わかるわ。すぐに気付いてもらえるのは、うれしいことよ」
自分の眼のことを言っているんだと、僕でも気がついた。そうして、ユリスに少し申し訳ない気持ちになる。
「今起きたところ?」
「うん、ついさっき」
「そう。それなら、少し外を歩かないかしら」
リズからそんなことを言われる日が来るなんて、思ってもみなかった。
「いいけど…ユリスは?」
「その子は寝かせてあげて。いつもより疲れてるはずだから」
「いつもより?」
「あなたをここに連れてきた後、仕事を忘れてきたって街を出て行ったから」
仕事、っていうのは多分、リズも指差す薪のことだろう。ってことは、僕を連れてレーベに戻ってきた後、またあの森まで行って木をこって、もう一度ここに帰って来たってことか。やれやれ、僕の心配をしてる場合じゃなかっただろうに。もう少し自分のことを考えようよ。
…なんて、僕に言えたことじゃないんだろうな。
少し窓を開けて、外の気温を確かめる。うん、コートを羽織る必要はなさそうだ。
すやすやと眠るユリスを起こさないように、僕は部屋を出てそっとドアを閉めた。
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