たびにっき - 17

テドンの街。
その昔、一度廃れたと聞いた話が信じられないほど、そこは活気に満ちた場所だった。
地図を見た限り、どうやって船を着けるのか分からなかったけど、おもしろいことに河へと進入していくらしい。てっきりどこか海沿いに建てられた船着き場から街まで歩いて、っていうお決まりのことかと思っていた。河はテドンのすぐ北で合流し、大きな流れを生み出している。上流からの二つの水流の合流地点、そこになかなかの大きさの河川港ができていた。こんな航路を作るほど、テドンはポルトガにとって重要な交易都市になっているらしい。
そんな街だけど、名所が街の中にはない。そんなところに作らずとも、すぐ近くにそれがあるからだろうか。

何日かぶりに、大地に足を下ろした。しっかり足は地に付いているのに、体は変な浮遊感を振り払えないでいる。ゆっくりとした揺れが、まだ僕の平衡感覚を狂わせている。これが消えるまで、何時間ぐらいかかるだろうか?
港に着いて街への道を歩こうかと思ったところで、僕は立ち止まった。圧倒的な存在感が、背後から静かに漂ってくる。
振り向くと、そこには針のような岩山がそびえ立っていた。その山肌は雲を突き抜けて、さらに上へ上へと伸びている。
霊峰ネクロゴンド、これに登ればきっと世界を見渡せる。そこからの眺めは、この世界で一番美しいものになるかもしれない。それにもしかしたら、とんでもなく幸運なら――空駆ける不死鳥が見られるかもしれない。

港のすぐ脇に、大きな立て札があった。それによると、山に登りたい人はこっちに来いとのことだった。街を散策するのもいいかもしれないけど、結構大きいところだし、一人でずっとうろうろするのは大変そうだ。どっちかと言えば、誰かと一緒に歩いてみたいかも。今度誰かを誘って、この大きな街を歩きたい。
そういうわけで、僕は街には向かわずに直接登山口に行くことにした。
てっきりそのまま山を登るのかと思ったけど、さすがにあの急な山肌を伝っていくのは無理があるみたいで、小舟で河を渡って横穴に着けて、それを通り抜けると昔からあるネクロゴンドへの洞窟の入り口近くに出る、って寸法らしい。なるほど、確かに山頂までの道を作ろうとするとそれが一番手っ取り早そうだ。あるものは使ったほうがいいもんね。

小舟に乗って登山口まで行くと、現地の人だろうか、抜け穴の前で待っていた人からかなり口酸っぱく言われた。
「生半可な気持ちで登ろうとする人はやめておいた方がいい。登ったことがない人は本当に甘く見がちなんだ」
って、苦笑いしながら。
確かに、登ったことがなければそうだろうなあ。登ったことがある僕も、よく分かっていないんだから。
「ああ、あと此処から先のトンネルはものすごく長いから。お腹は満たしておいたほうがいいよ!」
それは多分大丈夫だ。食事は船を降りる直前にとってるし、水も補充してある。
気温の差を知らずに行こうとする人が結構多いのか、ここには厚手のコートが売られていた。ムオルを出るときには少し軽い服で来たから、このままネクロゴンドに入れば僕もただじゃ済まなさそうだ。懐具合を確かめると、お金には十分余裕があった。さすがにミンクのコートは買えないけれど、寒さをしのぐ外套を調達するぐらいならわけない。
ここは綺麗な晴れ空だけど、上は吹雪いているかもしれない。コートを買って、さあ出発だ。

抜け道は、ひたすらまっすぐ伸びていた。これで本当に洞窟のすぐ近くまで行けるなら、いい場所に作ったな、と思う。高さは僕のちょうど倍くらい、横幅は五人くらいが並んで歩ける程度の狭い道だ。
等間隔で置かれているオレンジ色のランタンが、ぼんやりと足元を照らしている。落ち着いた雰囲気で、悪くないかなって、最初は思っていた。
けれど、僕はあっという間に前言を撤回しなくちゃいけなくなった。いつまで経っても変わらない景色に、無限の回廊の中を進んでいるような、そんな錯覚に囚われそうになる。どのくらい進んだか、今の時間がどのくらいか、まるでわからない。入ってすぐはわくわくしながら進んでいたけど、さすがに飽きがき始めた。洞窟よりもこの抜け道のほうが、過酷なんじゃないだろうか。
たまに唐突に現れる上り階段さえも、もう退屈しのぎにはならなかった。僕はいつしかペンを握っていた。歩きながらまともなものが描けるとは思わないけど、何もしないよりははるかに時間を潰せる。
手を動かし始めると、確かに、退屈さはどこかへ行った。けれど、ずっと進んでいくうちに、ひとつのことに気がついた。すれ違う人が、全く見当たらない。こっちから向こうに行く人は、たくさんいるって話だったはずなのに。もしかしたら、ほとんどの人が道中で…。嫌な予感が頭をかすめる。
こういう良からぬ考えは、一度頭に浮かんでしまうとどうやっても追いやることが難しいんだよね。こうなると余計に集中ができなくなるから、手に持っていた道具を袋に戻してひとつ深呼吸をした。

――とりあえず、走ろうか。
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