たびにっき - 14

朝。太陽が昇る少し前に、僕は荷物をまとめてテントを出ようとしていた。
途中の小屋で、タアに聞いた情報があった。なんでも、ピラミッドからまっすぐ北に向かって、ぶつかる山伝いに東に進むと、小さな舟着き場があるらしい。イシスがこの観光事業を始めた時に、ポルトガの方からの観光客も狙って設けた、とかなんとか。確かに、地図で見るとピラミッドとポルトガは距離的には結構近い。ここからなら、イシスまでとそう変わらない。ただ実際は海を越える必要があるから、道のりとしてはそれなりに遠くはなるみたいだ。
それを聞いて、せっかくだから新しいルートをたどってみようかな、と僕の中の好奇心が目を覚ました。そういうわけで、エドたち三人とはここでお別れだ。
「元気でな、アリュード!」
「またね!今度お店に遊びに行くから!」
「ボクらの町にも、また来てよ!」
起きてきた彼らに話をしたときは引き止められるかなぁ、なんて思ってたけど、昨晩で心に整理をつけたのは僕だけじゃなかったみたいだ。三人に見送られて、僕は歩き始めた。
しばらく進んでちらりと振り返ると、まだこっちに手を振っている。その元気は、帰り道に取っておいたほうがいいと思うよ。大体の場合、帰りは行きよりつらいんだから。

静と動が切り替わって、ここからはまた、風といっしょの一人旅。
暗い砂漠も悪くない、ずっといたくはないけれど。
昼間はじりじりと体を焦がすような太陽が憎らしいけど、日が出る前のこの時間はむしろ寒いくらいだった。イシスの人たちって、思っていた以上に過酷な環境で生活しているんだな、と改めて思わされた。こうやって夜の砂漠を歩かなきゃ、気付くことはなかっただろう。
しばらくの間、靴が砂を踏む音だけが、静かな世界に響き渡る。背中でそびえているピラミッドが、だんだんと小さくなっていく。
ところで、砂漠といえばそれなりにモンスターがいるわけで。もし何かあったらと、エドが別れ際にキメラの翼をくれた。己の足で歩く、と決めていたから迷ったけど、よくよく考えたらもうルーラを使ってしまっている。よくわからない意地は張らずに、緊急のためにとありがたく受け取った。舟着き場にたどり着く前に行き倒れたりしたら話にならないし。そうならないために、早く出発したわけなんだけど。
そう思うと、自然と早足になっていた。そしていつの間にか、走り出していたんだ。太陽に見つかるまでは、このまま走り続けよう、って。モンスターからは逃げられるけど、熱からは逃げられないから。

時折、獲物を見つけたとばかりに寄ってくるモンスターたちを斬り伏せて、岩山が見えてきた頃には、それなりに疲れを感じ始めていた。ここから、少し右に進路を変えよう。岩山を確認しながら進めば、間違えることはないはず。明るく熱い、見知った砂漠が戻ってきたから、足取りはゆっくりに戻す。心なしか、潮の香りがうっすらと、鼻に流れ込んでくるのを感じた。
お昼前くらいだろうか、ゆらめく景色のその向こう、遠くに小さな建物が見えてきた。まだ米粒ほどの点にしか見えないけれど、眩しい白壁が、まだ新しさが残っていることを教えてくれる。ピラミッドの時と同じで何となく不釣り合いに見える。それでも、今はその存在がありがたかった。

疑ってたわけじゃないけど、タアの言ってたことは正しかった。浜べりから櫛状の桟橋が伸びていて、何艘かの木舟がそれぞれの橋に寄り添うように浮かんでいる。
ちらほらと、海を渡ってきた人がいた。直接聞いたわけじゃないけど、服装がイシスで見たものと違っていたから、多分ポルトガから来た人たちなんだろう。
ピラミッドツアーの時に見かけたスタッフと同じような服を着ている男の人が、小屋の前に立っていた。この人に聞けばいいのかな。舟を出してくれるかどうか。

「こんにちは」
「こんにちは。舟の旅はどうだった?」
「えっ?」
一瞬、何を言われたのか分からなかったけど。そうか、ポルトガから来たと思われているみたいだ。考えてみれば当たり前だ、砂漠を突っ切ってここに来る人なんてそうそういるはずがない。
イシスから砂漠を越えて来たんですけど、と言うと、案の定驚いた顔をされた。
「なんてことだ、たった一人でこの中を突き進んできたっていうのか?」
「はい、そうですけど…」
「なんて命知らずなんだ、よくここまでたどり着けたな…まさか仮歩道を無視してくるやつがいたとは」
「仮歩道?」
「あれだよ、あれ」
そうして指差された方を見てみると、浜に沿って何かの木がずらりと密に立ち並んでいる。それは、岩山の斜面と木々との間にできた小道に日陰を作っていた。舟を降りた人たちは、みんなその道が伸びる方へと進んでいた。
「山沿いに作った仮の道さ。あの道をずっと行くと、ピラミッドを経由してイシスに着けるようになってる。ずいぶん遠回りにはなるが、砂漠を突っ切るよりは何十倍も安全だ」
男の人の説明を聞いて、僕はどっと疲れを感じた。
ああ、そういうことか。ピラミッドに人が多かったのも、そっちの道から来た人が混ざっていたからだったのか。あの時はあまりに大きなものに目が行き過ぎていて、もう一つの道に気が付かなかった。それ以前に、イシスからピラミッドまでの道中でここから来た人とはすれ違っていたかもしれないのに。一人だったら、多分気付いていたんだけど。
「まあ、ゆくゆくはここから砂漠の真ん中を突っ切る道を作る予定だよ。それまでの間、旅人さんにはちょっとばかり苦労かけるけどな」
結構な距離あると思うけど、完成までにどのくらいかかるんだろう。出来上がったら、また歩いてみたいな。

「ところで、お聞きしたいんですけど…」
本題に入る。
「こっちから、ポルトガに行く舟に乗ることはできますか?」
「ポルトガに行きたいんだな。ちょっと待ってくれ」
そう言って、僕が返事をする前に小屋に引っ込んでしまった。
待つことしばらく、男の人がもう一人連れて出てきた。こういうときの時間の流れって異様に遅く感じるよね。時計がないからはっきりとした時間はわからないけど、感覚では三十分ぐらい待たされたような気がした。
「待たせたな。ああ、すぐにでも行けるよ。他に待ってる人はいるかい?」
やった、行けるみたいだ。
ダメって言われても粘るつもりだったけど。ここまで来て駄々をこねずに帰れるほど、僕も聖人じゃなかったし。交渉は旅の基本だって、いつか先生に聞いたんだ。誰に聞いたか忘れちゃったんだけど。キットさんか、ラルドさんか…それとも他の先生だったか。
「いえ、僕一人だけなので、すぐお願いできますか?」
「あいよ。それじゃジョー、頼んだ」
「おうよ。お客さん、ポルトガまではオレが運ぶぜ。よろしく頼む!」
後から出てきた方の屈強そうな男の人が、白い歯を見せながら笑いかけてきた。
「はい、よろしくお願いします!」
すっと差し出された右手を握る。この人になら、安心してお任せできそうだ。
「んじゃ、案内するぜ。こっちだ」
言われるがまま、僕はジョーさんの後に付き従った。
prev * 29/243 * next
+bookmark
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -