たびにっき - 13

間近で見たピラミッドというのは、本当に壮観だった。
目の前にずどんと立った、石造りの四角錐。雲まで届きそうな巨人が、四角い石を一つ一つ積み上げて作りあげたかのような大きさだ。けれどこれを作ったのは遠い昔の、僕らとほとんど同じ大きさの人間たちだって言うからびっくりだ。どうしてこんなに大きなものを建てたんだろうか。調べたら分かることだとは思うけど、知らないままでもいいかもしれない。そのほうが、ピラミッドに夢を持てそうな気がした。
中は観光のためか、きっちりと整備されていた。最近付けられましたよ、とばかりに、進路を示す木目のはっきりとした看板がところどころに立ててある。これに沿って進んでいけば、まず迷うことはないだろう。
ただ、なんていうのかな。ちょっと生意気なことを言うと、古めかしい石の壁が立ち並ぶ中に、真新しい木の立て札っていうのは、アンバランスというか、不自然な感じがしたわけで。あと、多くの人がぞろぞろと並んで歩いて行くようすもちょっと違和感がある。あまり長くこの中にいようとは思えなかった。それよりは、外からフォルムを眺めている方がいいかな、って。
僕はエドたちに耳打ちして、こっそり列を抜けた。単にいまひとつだったから、というわけじゃない。中に入る前に最初に見た光景が、強く目に焼き付いてしまったんだ。
外に出て、少し後ろへ下がる。数歩のつもりが、百歩以上バックしないとその全景をとらえることができない大きさに、またびっくり。
位置取りを決めて、袋を探る。この旅で初めて、大きい方のスケッチブックを広げた。世界を見渡すための、一つ目の印として、僕はこの古代の建造物を選んだ。
さあ描こう、思うがままに。降り注ぐ日差しはきついけど、今回だけの辛抱だと思って。それに、今の僕には十分な数のヒャドが残っている。闘う準備は万端だ。

「…これで、よしっと!」
ひたすら無言で手を動かしていたら、いつの間にかそれは出来上がっていた。アクセントに、夕暮れの太陽に向かって、燃え盛りながら空を横切っていく不死鳥を入れてみた。ちょっと幻想的になったんじゃないだろうか。うん、これは上手く描けた。最高の出来だ!ちょうど現実のほうでも夕焼けが空を染め始めていて、ぴったりマッチしている感じがまたいい。
スケッチブックを閉じた後も、心地いい充実感が僕を包んでいた。ヒャドを唱えることなんて頭の隅にいってしまっていた。暑さを気にする余裕はなくて、ただ自分の足でこうして、世界を歩けていることが実感できた瞬間だった。それがたまらなく嬉しかったんだ。

しばらく、そうやって文字通りの自画自賛をしていると、ピラミッドの下のほうからぞろぞろと人が出てくるのを見つけた。中の見物が終わったみたいだ、あとは城下町まで引き返すだけか。
といっても、もうこの時間。今から戻っていては、途中の小屋に着く頃にはもう真夜中だろう。そういうわけで、ピラミッドのすぐ東に設えられたテントたちの中で今夜は眠るらしい。さすがに女王さまのご先祖とみんなで添い寝、というわけにはいかないみたい。
こうして一番楽しい時間が終わってしまうと、ルージャとノイルも、もうすぐエドとお別れっていう事実がつらいようで、並んで寝転がったときには少し沈んだ表情をしていた。
「なんだよー、また会えるって!」
エドはそうやって二人を励まそうとしていたけど、やっぱり自分も寂しいのか、空元気がありありと伝わってくる。そうして、二人の方も勘がいいものだから、エドの顔を見てまた暗くなる。気持ちはよく分かるんだけど。
あれを渡すなら今しかないな、と思った。

「エド、ルージャ、ノイル」
呼びかけると、みんなが同じタイミングで僕を見る。
「僕はこの何日か、みんなといられてとても楽しかったけど。みんなはどう?」
「楽しかったに決まってるぞ!な、二人とも」
うん、と声をそろえてうなずくルージャとノイル。
「それはよかった。それで、僕からみんなに渡したいものがあって」
「「「?」」」
今度は全員が同じように首を傾げる。見ていて飽きないぞ、これは。
だけど見ているだけじゃお話が進まないから、僕は自分の袋を手繰り寄せた。小さいブックを開いて、連なった三ページを千切り取る。
「雑な渡し方で悪いんだけど、中身は結構頑張ったつもりだよ。もしよかったら、受け取ってほしいな」
一人ずつに、思い出を詰め込んだイラストを手渡す。テントの中は薄暗かったけど、みんなの近くに明かりがあるから見えるはず。それを証明するように、声が耳に届いた。だけど、意外だったのは。
「…ぐすっ」
それが誰のものか分からない、すすり泣きの声だったことで。
「えっ…なんで泣いて…」
戸惑いを隠せず、慌てる。何かまずいこと描いたかなあ…嫌いなものとか。
でも、そうじゃなかった。
「違うよ…これは、うれしくって」
「ぼく…アリュードと会えて、ほんとによかった」
「うん…ありがとう、アリュード」
なんてことだ。ああ、やめてよ。なんだか僕まで泣きたくなるじゃないか。
「…どういたしまして。僕の方こそ、ありがとう」
こみ上げてくるものをぐっとこらえて、僕は努めて笑った。
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