たびにっき - 12

「…なんでてめぇがこんな場所にいんだよ」
顔を合わせてもう五分ほど経つけれど、むすっとした表情を変えてくれない。
僕の隣で気だるげに小屋の壁に寄りかかっているのはタアだった。腕を組みながら、目線は空の彼方。僕の方を見て話してはくれないらしい。
エドたちもいるから、一緒に話でもしようよって僕が言ったら、きっぱり断られてしまった。おまけに、見つかると厄介だからって小屋の裏にまで連れて来られて。うん、まあなんとなく予想はできていたけど。
「それは僕の台詞…って言いたいところだけど、イシスはタアの故郷だったよね。残ってたんだ」
「それがどうしたんだよ」
「いや、タアならどこかに行ってもおかしくないな、って感じがしたから」
率直な感想を伝える。実際、剣を極める!って感じで旅に出ているものとばかり思ってたんだけど。
「…どこかになぁ」
僕の言葉を繰り返して、タアはため息混じりにぼやく。
「行けたら苦労はねぇんだよ。オレだって好きでこんなことやってんじゃねぇ」
「あはは、だよねえ。ツアーのスタッフやってるだなんて」
「本業じゃねぇっつってんだよ!」
ちょっとからかうと怒られるんだ。相変わらず沸点が低いなぁ。
「ごめんごめん。そう怒らないでよ」
「いや…怒ってはねぇけど」
嘘だ、絶対怒ってたよ。そう言おうとしたけど、なんだか妙な横顔に見えたから口に出せなかった。
それは、きっと正しかった。
「こうやって喋るのも、久しぶりだったからついな」
彼は、ずっと大人になっていたような気がした。
「…そうだね」
「アリュード」
「……!」
思わず目を見開いた。聞き間違えていなければ、僕の名前がタアの口から出た。僕、タアに名前を呼ばれたことってあったっけ。
ここに来てから最初に出くわしたときと同じ、まるで愛想のない顔をしていたけれど。不意に向けられた目が、僕の目とぴたりと合った。
「ちょっと付き合え」
それだけで、タアが僕に何を求めているかがわかった。

「がっかりさせんなよ!」
「無茶言わないでよ、ブランクがものすごいんだからさ…!」
砂の上で、僕たちは離れて向き合っていた。
体力には余裕があるけど、技術にはまるで余裕なんてない。僕としてはもちろん、相手にとって不足はないけど、この一年もずっと剣を握っていたんだとしたら、タアにしてみれば不足だらけだ。
それでも、やれるだけはやってみよう。それが礼儀だと思った。
「んなもん知るか…よ!」
語気を荒げて、タアが動いた。ものすごいスピードで向かってくる…あんなに大きな剣を持って、よくあんな動きができるなあ。
考える暇もなく、僕は右手を剣の柄にかけてすっと引き抜く。小回りならこっちのほうが利く、そう思っていた。
ところが、下から振り上げられた大剣は、予想を超えた速度で飛んできた。
「ぐっ!!」
とっさに受け止めようとしたのが甘かった。ただでさえ軽い僕の剣は、ぶつかり合いに負けて右腕ごと後ろに持って行かれた。上体が反り返り、地面にたたきつけられそうになるところをどうにか両足で踏ん張った。
もう一度、今度は真上から落ちてくる刃。一度見た分、今度は余裕を持って避けられる。

――いくらなんでも、大剣を相手にスピードで負けるわけにはいかない。

僕はその攻撃を避けざまに、タアをかすめるように一太刀二太刀浴びせようとした。けれど、鈍い金属音とじんわりとした手の痺れが返ってくる。そうか、大剣は盾としても使えるのか。
もう一本を出していきたいところだけど、なかなかそうさせてもらえる隙がない。左手が行き場を失っているけれど、それを与える暇が見つからない。
仕方ない、一本で戦う。もともとこの剣は一本で二本分の動きをするものなんだから。僕はそう決めて、じりじりとタアとの距離を詰めていく。その右手がぴくりと動いた瞬間を見逃さず、僕は剣を二度振り抜いた。僕が最初に覚えた技、隼斬り。続けて四本の太刀筋が、タアに襲いかかる。
「…ちっ!」
小さな舌打ちが聞こえた。その全部に対応しようとしているらしいけど…仕事を終えた僕の右手のそばには、丁度出番待ちの左手がある。
そのまま柄を左手に預けて、僕はもう一度隼斬りを繰り出す。これならいけると、技を出す直前には確信していた。
けれど、慣れないことはするものじゃない。左手で振り下ろした剣を振り上げるとき、剣が手からこぼれていった。慌てて掴みなおそうとしたときにはもう後の祭り、前のめりになっていた体が大きく傾き、バランスが崩れてしまう。完全に、鍛錬不足が招いた失敗。
そして、タアはそれを見逃してくれなかった。
体勢を立て直すより先に綺麗に足を払われて、僕は砂の上に尻餅をついた。そうして気がついたときには、もう太い切っ先が僕の首根っこを捕らえていた。

「…参りました。やっぱりかなわないね」
今の一瞬の攻防に思ったより集中力を使ってしまったようで、僕はのろのろと立ち上がる。服についた砂をはたき落としながら、タアに言った。
「ありがとう、つまらない相手になってしまったかもしれないけど…」
練習を怠っていたのだから、当然といえば当然の結果だ。
無言で小屋の入り口へと引き返すタア。僕はそれに付き従って歩く。ドアに手をかけて小屋に入る直前に、彼はぼそりと一言つぶやいた。
「…もったいねぇな」
その言葉に、どんな意味があったのか。そこまでは、教えてくれなかった。


結局、エドたちにはタアがいたことを言わないでおくことにした。三人は知れば喜ぶだろうとは思ったけど、タアの頼みをないがしろにすることもできなかったし、何より彼はきっとわかっていたんだと思う。三人の時間を、あまり邪魔するべきじゃないってことを。
保護者は二人もいらねぇよ、なんて言ってたっけ。僕が「代わろうか?」って冗談交じりに言うと、「仕事だ、バカ」って返されちゃった。仕事じゃなかったら代わっていたんだろうか、いやそもそも仕事以外ならスタッフはやってないかな。
雰囲気が、一年前と変わっていたような気もする。別れるときも「またな」って言ってくれたし。きっと何かがあったんだろうな、深く突っ込みはしなかったんだけど。あまり詮索するのも趣味がよくないしね。

さて…今夜はこの小屋で明かすんだった。エドたちは、すっかり夢の中みたいだ。なんだかんだ、イシスからここまでの道中ずっとはしゃいでたしなあ。日差しも強かったことだし、さすがの三人も疲れたのかもしれない。
かたや僕の方はというと、不思議と目が冴えていた。タアとの手合わせが、あの頃の緊張感を思い出させてくれたような感じがして、気が立っているのかもしれない。
よし、それじゃひと仕事しようかな。楽しい時間をくれた、三人のために。明日には、別れることになるだろうから、「おひさしぶり」と「またね」を込めて。
…ここで描いた絵が何かは、あえて言わないことにしよう。特に理由はないけど、こういうことも一度は言ってみたかったんだよね。別に隠すようなものでもないんだけど、なんとなく、ということで。
毎度のことながら、紙切れで申し訳ないけど。三枚別々の絵を、時間を掛けて描き上げた。
ちらと様子をうかがうと、大丈夫、三人とも起きる様子はない。音を立てないように、少し端が折れてきたスケッチブックをそっと自分の道具入れにしまいこんだ。明日、別れ際に渡すことにしよう。
気がつくと、夜ももうじき明けそうだ。そろそろ、僕も眠りにつくとしよう。おやすみなさい。
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