たびにっき - 10

コンコン、と控えめなノックの音がした。ドアに一番近かったエドが立ち上がって、「はーい?」ってドアを開けると、それはもう鬼の形相、って言葉がぴったり当てはまるような、青筋を浮かべた女性が立っていた。
「「あ…」」
僕の前にいた二人が凍りつく。間違いない、二人が「おばさん」って呼ぶ人だろう。備え付けてあった時計を見ると、もう普段僕が起きだす何時間か前。彼らくらいの子はもう寝静まっている時間だ。
「…ルージャ、ノイル、何か言うことは?」
あー…まずい。これは大嵐が来る。
そう悟った僕は、困った顔で立ち尽くすエドと、もう導火線に火がついているおばさんの間に割って入った。これは僕の過失だ。
「彼らを連れ出すようなことをしてすみません、僕の責任です。二人を怒らないであげてもらえないでしょうか?」
「……」
ぎろり、と鋭い眼光がこちらに向けられる。少しびくっとしたけど、怒られるのは僕だけでいい。先んじてこの人に話を通しておかなかったのがいけない。
そう思って身構えていたら。
「…あなた、この子たちのお仲間さん?」
「はい、アリュード=リアロスです。久々に会ったので、つい舞い上がってしまって…」
名乗ったところで、おばさんの顔が一変した。目尻が下がり、頬が丸く膨らむ。
「そう、あなたが!それはそれは…安心したわ。今夜はここに置いていきますから、ゆっくり話を聞かせてやってくださいな」
「えっ?あ…はい。ありがとうございます」
拍子抜けもいいところだ。思わず変な声が漏れてしまった。
「ルージャ、ノイル。騒ぎ立てて迷惑をかけるんじゃないよ」
「「……」」
「わかったかい?」
「「は、はいっ!」」
ぴんと背筋を伸ばして、声を揃える二人。僕は顔を背けて、吹き出しそうになるのを必死にこらえた。よく見たらエドも肩を震わせている。
それには気付かれなかったようで、おばさんは「それじゃあ、おやすみね」とだけ言い残して静かにドアを閉めた。

はぁー…と、誰のものともつかないため息が部屋に満ちた。ともあれ、ルージャたちの避雷針にはなれたみたいでよかったかな。あと、僕が信用されてるみたいで。
「おまえら、あのおばさんに何されてるんだよ…」
「エドは知らないからそんなこと言えるんだよ…」
「そうだよ、あれは本当に危ない時の顔だったんだから…アリュード、ありがとう」
ルージャからお礼を言われて、「ああ、うん。どういたしまして」と返す。
でも、僕には少し羨ましかった。あのおばさんは、本当に二人のことを気にかけているんだな、って分かったから。母親じゃないみたいだけど、あの人は一体誰なんだろうか?
「…気になったんだけど、ルージャとノイルはあのおばさんとどういう関係なの?」
「ボクらのお母さんが、おばさんと大の仲良しなんだ。赤ちゃんの頃から面倒見てくれてるって聞いてるんだけど」
「ぼくもルージャも平等に怒ったり褒めたりできるから、っていうので、ぼくたちのお母さんが頼りっきりにしてるみたいなんだ」
「なるほど。そういうことか」
いい人に恵まれてるじゃないか。ついつい、おばさんの言うことは聞かないといけないよ?なんて説教じみたことを言いそうになったけど、そんなことを言う必要がない二人だってことはよく知っていたし、楽しい時間に水を差すのもな、って思ったからこれも口には出さないでおいた。
そこからは、静かに、けれど楽しく、小さな部屋の中で四人、盛り上がった。


うーん…おはよう。
ふかふかのベッドはやっぱりよく眠れる。太陽が空高く昇っているこんな時間まで寝ていたのはいつぶりだろう。…と思ったら、ついこの前ダーマに着くまで爆睡してたっけ。
とにかく、寝床がどれだけ大事かっていうのがよくわかる朝になった。
夜明け前まで雑談していたせいで、エドたち三人は並べられた布団で今も沈没している。どうやら徹夜は無理だったみたいだ。
こうやって見てると、寝顔も変わらないんだな、って思える。みんな幸せそうな顔をして、何やら聞き取れない寝言をつぶやいている。このぶんだと、目が覚めるまでにもうしばらくはかかりそうだ。

コンコン。
またノックの音だ。一番部屋の奥にいたけれど、今は僕以外に開けられる人はいない。
「はーい!」と少し大きめに返事をして、寝ている三人を踏みつけないように慎重に移動する。
ドアを開けると、そこに立っていたのは夜中と同じ人だった。
「あら、アリュードくん。おはよう、チビ達はまだ寝てるのかい」
「おはようございます。ご覧の通りで…」
体をさっとよけて部屋の中を見せる。川の字に並ぶ三人が、釣り上げられようとしていたとわかったのは、おばさんが大きく息を吸い込んだ時だった。

「あんたたち!!いつまで寝てるんだい!!!」

「「「うわああっ!!!!」」」
「ぶっ…っくく…!」

ガバっと、掛け布団を吹き飛ばして三人が同時に起き上がる。今度ばかりは、僕も耐え切れなかった。おばさんの隣で、ついに笑いの堤防が決壊してしまった。
この時笑えたのは、おばさんが怒ってるわけじゃないってことを知っていたからだと思う。
「ほら、今日は何か予定があるんじゃなかったのかい?」
「予定?」
「エドちゃんがもうすぐ島に帰るって言うもんで、この子たちはどこかに行こうとしてたみたいなんだよ。それで、今日は絶対に起こして!って頼み込んでくるもんだから…」
そうだったのか。だとしたら、僕は来るタイミングが良かったのか悪かったのか。
「「おばさん、ありがとう!」」
「はいはい。いつもそれぐらい素直でいてくれたらねぇ」
ルージャとノイルから元気な声をもらって仕事を終えたおばさんは、最後に「それじゃあね」と僕たちに笑いかけて帰っていった。うん、やっぱりとても優しい人なんだなぁ。
それにしても、この三人は恐ろしく寝起きがいい。僕なんて目を覚ましてからしばらくは眠気と闘わないといけないのに。
「ルージャ、ノイル、さっさと準備しようぜ!」
「「うん!!」」
「…ところで、今日の予定っていうのは何なの?」
元気よく動き出す三人に、僕は訊ねる。すると、眩しいくらいの笑顔で、エドが教えてくれた。

「ピラミッドツアーだよ!!」
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