たびにっき - 8

森を抜けるまでには、三日ほどかかった。ずっと同じような景色が続いて、特に最後の三日目になると目新しいものもすっかり減ってきた。途中では正しい方角に進んでいるのか、不安になることもあったけど、地図を見たら平原に出るか、河に出るかのどっちかみたいだったから、さほど気にすることもないと思ってずんずん歩いていった。遠回りすることになっても構わなかった。それもぶらり一人旅のいいところだから。
一番最初に尽きたのは、やっぱりというかなんというか、魔物避けの聖水だった。次の町まではもつはずだ、っていうくらいの分があったはずだけど、アクシデントもあったことだし、こればかりはしょうがない。結局、最後の聖水を使ってからしばらくして、僕は眩しい太陽の光を浴びることになった。
長い森を抜けたところで、また地図に目を凝らした。なるほど、森との境を伝って西に向かえばいいのか。
目の前に広がる大草原。ところどころ背の高い草たちが、そよ風に揺れている。ここまで来ると、ムオルでの寒さは嘘のように、すっかりなくなっていた。ぽかぽかとした春のような陽気が、この草原と僕の体に降り注いでいる。ちょっとだけ、この気候が羨ましく感じた。

「…っ!!」
不意に殺気のようなものを感じて、僕は振り返った。いよいよやってきた…そこには、マージマタンゴとハンターフライ。
そっと荷物を下ろして、背中で出番を待っていた剣の柄に手をかける。まずはすっ、と右手の剣から。驚くほどの軽さを誇るこの剣は、とんでもない人からの贈り物だ。まあ、その当時は、贈り主が誰か気付いてなかったんだけど。
そこまで強いと言われているモンスターではないけれど、油断するつもりは、さらさらない。
右の足にぐっと力を込めて、勢いよく地を蹴って走りだす。素早さは、まだ僕のほうが上みたいだ。距離がぐんぐん縮まっていく。すれ違いざまに、低い姿勢から思いっきり斬り上げる。紫色の毒々しい傘を切り裂いた感触が抜けるより早く、振り向きながら隣に飛ぶ虫を叩き落とした。
「…ふう」
剣は一本で事足りた。短い戦いが終わった後、握っていた手を持ち替えて左手に剣を渡す。そのまま、何度か振ってみる。うん、剣は僕を忘れていない。あとは僕が、思い出すだけだ。
なんだか気分が昂って、それからの少しの距離は素振りをしながら歩き進んだ。モンスターをばっさばっさやっつけていくのはそこまで好きじゃないけど、剣を振り回すことってこんなに楽しかったっけ。少しだけ、通りや裏路地で棒切れや作り物の剣を手に、ごっこ遊びをしていた子供たちの気持ちが分かったかもしれない。もしかしたら、それも僕が忘れていただけだったりして。
背中に残ったもう片方が、出番を待っているとばかりにカチャッ、と鳴ったような気がした。よし、次は二本で戦ってみようか。


この旅で初めて、水辺までやってきた。僕の方向感覚はなかなか捨てたものじゃないらしい。ちょっと膨らんだルートになったような気もするけど、一応は地図通り。目の前には河をまたぐ橋。間違いがなければ、これを越えればもうすぐだ。
一日の仕事を終えて沈んでいく夕陽が、水面をオレンジ色に染めていた。これもあまり見ない光景だった。橋の真ん中から眺める日暮れっていうのも、なかなか趣があっていいかも。
ここでおなじみ、スケッチブックの出番。逆光で手元が暗いけど、なんのことはない。これまでのページには、全部僕の目線から見えていた景色をそのまま写していた。今回はちょっと変えて、ここにいる僕自身を描いてみようか。橋の真ん中にぽつんと立って、沈みゆく太陽に手を伸ばす少年。あっ、ちょっと小さく描きすぎた。これじゃ五年くらい前の僕だな。
今ぐらいは、モンスターの襲撃に遭いませんように。草原を横切るときも、そうやってお祈りしながら作業をしていた。
けれど、モンスターよりもっと恐ろしい存在があることを、僕はうっかりしていた。

「…わっ!!!」
「うわぁっ!!!」

なんだなんだ!
いきなり耳元から声が飛んできた。僕の本能が危険信号を発したのか、意識のないままに僕は画材を取り落として、立っていた場所から飛び退いていた。びっくりするほどスムーズに、右手が柄を握って鞘から剣を引き抜く。
「もしかしてと思ったけど…やっぱりだ!」
「えっ…?」
まだ心臓がうるさい。左胸を押さえながら、聞こえてきた声のほうに顔を向ける。そこで、モンスターに襲われたんじゃなくて誰かにおどかされたんだということを理解した。
「おれだよ、アリュード!」
無邪気な笑顔は、僕の記憶の中にある。そして背中から覗く弓。僕がこれまで知り合った年下の子で、弓を引く人物は一人しかいなかった。
「…誰かと思ったよ。こんにちは、エド」
懐かしい顔に出会えた喜びと、もう一つの感情を顔に出して、僕はにっこりと笑った。後から聞くと、あんな怖い顔初めて見た、って言われたけど。
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