たびにっき - 7
翌朝、僕はジェイルさんに最後のお礼を告げて、一人ダーマを後にした。
別れ際に、これからの旅に必要だろうと、食べ物や水、地図なんかを持たせてくれた。考えなしに飛び出したんだな、ということに、今頃になって気がついた。思いのままに動いてしまったけど、もうちょっとプランを練ってからのほうがよかったのかな?
ひとしきり観光をしてから、山を下りる前に、僕はダーマの入口の大きな門の下に立った。そうして、そこから見えたシンメトリーの神殿を手元の小さなキャンバスに描き残した。ブックにはまだまだページがある。これからも埋めていくのが楽しみだ。
下山していて気付いたのは、人だけが通れるような道が結構あることだった。それはたいてい地図上で真っ直ぐ進めるような道で、このぶんなら思ったほどかからないんじゃないかと、気が楽になった。きっと登山の時も、馬車が通れない道がたくさんあったんだろうな。あの時は周りを見渡すことができなかったから、こっちでは存分に風景を楽しみながら進んでいこう。
僕がダーマを発ってから、心が躍っているのには理由がある。もちろん、この旅そのものが楽しいということもあるけれど――その答えは、次の目的地にあった。

懐かしい顔を、見られるかもしれない!

急いでいるつもりもないのに、自然と足が早くなる。下り坂も転ばないように、軽い足取りで進んでいく。一日半も眠ったからか、体の調子はバッチリだった。今なら、いつまでも走り続けることができる気もする。いや…それは言い過ぎたかな。
山道を下るたびに、少しずつ、気温が上がってくるのが分かる。冷え冷えとした風の中に、だんだんと暖かさを感じてくる。そうして、僕のテンションはどんどん上がっていく。どんなモンスターが出てきても、今なら一太刀で斬り伏せられそうだ。
…と、そこまで考えて、僕はおかしなことに気付いた。そういえば、ダーマを出てからここまで、一度も魔物に出くわしていない。
太陽はもう空のてっぺんを通りすぎて、あとは地平線めがけて落ちていくだけだ。先に進むのに夢中で、お昼を食べていないことも思い出したけど、それよりも魔物のことのほうが気にかかった。その答えには、もう少ししてからたどり着くことになる。

結局、この日はお昼を食べずに夜まで歩き続けて、一日で山を下りきってしまった。その先には、鬱蒼とした森が続いていた。少し不気味にも感じるけど、特におかしな気配はないみたいだし、僕は山と森の境目あたりで夜を明かすことにした。
ちょうど、近くに窪んでいるところを見つけた。野営の跡のようなものが多くあった。やっぱり、ダーマに巡礼する人たちはこの辺でキャンプをしてから登山を始めるんだろうか。
背負っていた袋を地面に下ろして、朝にダーマで食べて以来の食事をとろうと袋の中を探ると、何やら中が冷たい。もしやと思って中身を取り出していくと、案の定一本の瓶の蓋が取れて、中の液体がこぼれてしまっていた。
「あー…」
やっちゃったな、という思いと、なるほど、という思いとが半分半分だった。空っぽになった瓶を取り出して、ぼんやりと眺める。この中には、ジェイルさんが持たせてくれた聖水が入っていた。そんなものを垂れ流しながら山を下りていたら、そりゃモンスターも寄り付かないはずだ。
こんな事もあろうかと、画材やスケッチブックは二重の袋にしておいて正解だった。実際は雨やみぞれが降ってきた時のために…だったんだけど。
一度袋の中身を全部取り出してから、焚き火の近くに置いて乾かす。少しズルいかもしれないけど、火をおこすのにはメラを使った。こういう使い方もできるから、呪文って便利だ。

もぐもぐと一心不乱にパンをかじっていると、パチパチと火の粉が弾ける音が、なんだか心地よかった。あとは時々吹く風に揺れる木の葉っぱたちの声と、山だろうか森だろうか、どこかから響く動物の鳴き声。自然のオーケストラの中にいるような気分になって、僕はひとりでに目を閉じていた。
頭の中でその光景を思い描いて、一枚の絵にするのにも、そんなに困ることはなかった。
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