たびにっき - 4

ガタガタという車輪のリズムの合間合間に、ちょっと先を行く馬たちの鼻息が、割って入って聞こえてくる。
僕の他に、乗っている人はいない。なんでも、ダーマにいる参拝者の人たちを迎えに行くところだったらしくて。ダーマといえば、つい最近神殿が再建されたと噂に聞いていた。古い雰囲気が残っているのかどうか、少し気になるところだ。
どうせ行くところだったし、と言ってくれたけど、さすがにタダ乗りするのも悪いと思ったから、特別価格ってことで半額で乗せてもらうことにした。でもこういう時って、言葉に甘えておいたほうがいいんだろうか…?

初め、これだけ積もって馬車が出せるのかなぁと思っていたら、二時間くらい前にちょっとしたキャラバンがムオルに来たらしいということをジェイルさんが教えてくれた。僕の店がある通りとは方向が違うからすれ違ったりはしなかったけど、この天気だから宿とその周りの店は今頃てんやわんやなんじゃないか、ということだった。
ともあれそのおかげで、雪道にも轍が残っているから、そこをたどっていけば問題なく進めるみたい。そうすると、僕はいいタイミングで出かけたことになる。
いや…もしかしたら結構な数のお客さんを取りこぼしてしまったかもしれないと思うと、悪いタイミングなのかな?このあたりの判断ができないあたりは、店主としてはまだまだ未熟かもしれないな。まあ…今引き返せば間に合いはするけど。

二頭の白馬はそんなことはお構いなしとばかりにずんずん進んでいく。初めて乗ったけど、馬車ってこんなに速いんだ。知らなかった。
「ちょっと飛ばし気味だけど、大丈夫かー?」
御者台の方から声が飛んできた。僕が酔っていないか心配してくれているみたいだ。
「大丈夫です、ありがとうございます」
「オーケー。雪も弱まってきたし、この分だと一週間ぐらいで行けそうだ。何かあったらまた呼んでくれ」
そう言って、ジェイルさんはまた前を向いて手綱を操り始めたみたいだ。顔は見えなくても、覆いの向こう側に見える影の動きでだいたい分かった。
そうして、また車輪の音が大きく聞こえてくる。右側の木枠から少しだけ顔を出してみると、雪原の奥にうっすらと森が広がっていた。ムオルの雪化粧は何度も見てきたけど、森があんな風に雪をかぶっているのはあまりお目にかかったことがない。僕にとって、なかなか新鮮な景色だ。
これはチャンスだと、僕は荷物袋から小さい方のスケッチブックを取り出す。こっちには、こうしたちょっとした発見や珍しい風景なんかを、気ままに描いていくつもりだ。
さらさらと、特に気をつけることもなくペンを走らせていく。これは売り物に描き直すつもりのない、自分の思い出のためのスケッチ。
十分ほどで、最初のページが埋まった。帰ってくるまでに、全部埋まるのだろうか?


出発してから最初の夜。
日が落ちてからは、あまり外がよく見えなくなってきたから、僕は馬車から身を乗り出したりせずに、おとなしく座って待っていた。そうしてからどのくらい進んだだろうか、不意に車輪の音が止まって、しん、とした気配が広がる。
「リアロスくん、今日はそろそろ休もうと思うんだが」
と声をかけられて、僕は「はい」と頷いた。今日はここまで、この場所で一夜を明かすみたいだ。
体を伸ばすために外に出ると、大きな湖が目の前に広がっていた。冷たい空気が、体を撫でるように流れている。地面はうっすらと白いけど、雪はもう降っていなかった。湖の向こうに広がる小高い山も、太陽が昇ればきっと紅葉混じりの緑で色づいているのが分かることだろう。

ジェイルさんは手慣れた様子で馬車の周り一帯に聖水を振りまいて、どこに持っていたのか、薪を集めて火をおこす。二頭の馬がずずっ、と明かりに近づいてきた。やっぱり寒かったのか…そりゃそうだよね。
「ありがとう、運んでくれて」
頭を下げている今なら手が届く。僕は馬の頭に右手を置いて、流れるような毛並みを撫で付けた。目を細くして静かに息をしている…喜んでくれているのかな。
ダーマまで、ここから先もよろしくね。
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